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序章 深淵にて

 嘲笑う声を聞いて目覚めた。

 一面の暗闇にルルニアは立っていた。意識を失う前のことは思い出せないが、何かとても恐ろしいことがあった気がする。全てが粉々に砕かれて、戻れないような。

 いやだ。駄目だ、とルルニアは思った。死にたくない。まだ死ぬわけにはいかない。

『ミアの娘か』

 驚く声が耳に響いた。

 違う。自分は聖女ではない。女神ミアの聖女は、双子の妹であるリリエルの方だ。

『ああ、そうか。聖女の片割れか。なればこそ、貴様はこの黄泉に踏み入った』

 妹はどこ、と声に問うた。

『あやつはミアに聖別されたもの。たとえ死したとしても、その魂はミアのもの。あいまみえることは、もはや叶うまい』

 絶望するルルニアに、その声は厳かに告げた。

『安寧を求めよ。さすれば「妹」のよしみで、穏やかな眠りの内に黄泉へと沈めてやろうぞ』

 感謝しろと言わんばかりの傲慢な物言いだった。

 賎民にとっては破格の待遇だ。至聖神殿の司祭曰く、女神ミアは清く正しい民をその御手をもって守り導いてくださるとか。しかし卑しい生まれの賎民や罪人はその限りではない。

 リリエルとルルニアは、奴隷の子として生まれた。創世の女神ミアに定められたからだ。母は卑しい娼婦。病であっけなく逝った。これもきっと女神ミアの御心なのだろう。

 女神ミアの導きにより二人は至聖神殿の使用人となった。毎日毎日、水汲みから掃除、洗濯、所有する農地の作業と休みなく働いた。働かなければパン一つ貰えない。奴隷は家畜と喩えられるが、実際はそれ以下だ。馬でさえ荷を運んだ後は休ませてもらえるし、病気になれば薬も買ってもらえる。家畜の方がまだ良い暮らしをしていた。

 女神ミアの気まぐれでリリエルが選ばれ、聖女になった後も扱いは大して変わらなかった。リリエルは神の代理人として神託を告げ、厳しい修練を積んで習得した聖術で人々を癒した。それでも陰では賎民の聖女と蔑まれ、他の使徒や見習い達から嫌がらせを受けた。傷つき途方に暮れるリリエルを嘲笑う連中の声は、今もなお耳の奥に残っている。

 邪教徒達に攫われたのだって、護衛の僧兵が通常の半分以下しかいなかったからだ。賎民にはその程度で十分だと。

 囚われた後はもっと悲惨だった。憎きミアの娘と邪教徒達から殴られ、首を絞められ、鞭打たれた。口にするのもおぞましい屈辱を受けた。毎日毎日、牢獄の中でリリエルは必死に祈っていた。いと高き神よ、私達二人をどうかお救いください。悪しきものの手から助けてください。見捨てないでください。姉だけでもどうか、どうか——

 そして今、死んだ時になってようやく、神が現れた。リリエルとルルニアを引きはがし、それぞれを安らかに逝かせてくれるという。いとも尊き神の御慈悲によって。今さら。

 ともすればルルニアの口から吐息が漏れた。空間を微かに揺らしたそれは、波紋のように広がりやがて笑い声となる。ルルニアは笑った。腹を抱えて大声で。

「はは……ははははっ! ははははは——ふざけるなぁっ!」

 哄笑の後、怨嗟で絶叫した。

「神が私達に何をしてくれた!? 何度助けを呼んだと思っている!? 私達が苦しむ様を見ていただろう、聞いていただろう! それとも神には目や耳がないのか! 驕奢淫逸にふける信者どもを野放しにして、踏み躙られる賎民には目もくれないのが、いと高き神の御心なのか! 御潰しの、無能な役立たずめっ! 私達が何をした!? 私の妹が、お前に、何をっ」

『威勢の良いことだ』

「呪ってやる!」

 面白がる声に、ルルニアは噛み付いた。

「黄泉の奥底から、魂の限りに呪ってやる! 笑いながら私達の背を踏みつける者どもを、妹を陥れた教徒どもを! そして、それら全てを知っていながら何もしない無能の神を!! 呪われろ! 呪われろ! 呪われろ! 私の流した血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお呪われるがいい!!」

 ほう、と感嘆の声が聞こえた。

『よくぞ言った』

 ルルニアは胸を強く衝かれた。悲鳴すら上げられないまま、後ろに倒れる。

『神をも畏れぬ不遜さに免じて、我が力の一滴を貴様らに与えよう。殺意を解き放ち、裁きをくだせ。無能な我々に代わって、存分に。裏切りに報いを、罪には罰を。貴様を熱く燃え上がらせるその激情によって、復讐を成し遂げるがいい』

 ただし、と声は愉しげに釘を刺した。

『代償は高くつくぞ?』


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