空気を読もうよ
「ミオ、正直驚いたよ。剣を握ったのは、本当にはじめてなのか?」
「というよりかは、どこでそんなチートな技を覚えたんだ?」
エドモンドの呆れたような問いと、オレステのそれとがほぼ同時だった。
エドモンドは、わたしの両手から弾き飛ばされた剣を取りに行ってくれた。
彼は戻ってきて、そのまま元の持ち主に渡してくれた。
「昔、読んだ小説の受け売りです」
「へー、すごい」
「それって、すごいじゃないか」
種明かしをすると、近衛兵の二人が感嘆の声を上げた。
「小説ねぇ。技がチートだろうとなかろうと、なかなかのものだった。これなら、エドモンド様の指南など必要ないですね」
「まあな、リベリオ。実戦では、自分の身は自分で守らなければならない。チートであろうとなかろうと関係ない。ようは、出来るだけ被害を少なくすること。それから、どんな策を使ってでも逃げおおせる。それこそが重要だ」
エドモンドが擁護してくれた。
じつは、わたしってばすごかったのね。
エドモンドを、わずかでも焦らすことが出来たかしら?
「ミオ、どうだ?近衛隊に入隊しないか?歓迎するぞ」
オレステが誘ってくれた。だけど、彼は「クックックッ」と笑っているので、わたしをからかっているに違いないわね。
「小柄なぼくに合う近衛隊の制服はありますか?」
だから、笑いながらやり返してみた。
「そうだな。あいにく、既製品ではないだろう。だから、特注品だ」
「待遇はいかがですか?いまの三倍はいただきたいですし、三食昼寝付きがいいです」
「そうだな。側近としてもらっている額の三分の一なら確実に保障する。三食も大丈夫だ。昼寝に関しては、要領よくやれば可能だ」
オレステは、ユーモアのセンスが抜群ね。
思わず、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
「ミオ。それなら、わが軍でも大歓迎だぞ。「狂戦士」の鼻をへし折ったことは、だれもが知っている。みんな、大歓迎すること間違いなしだ。もちろん、待遇も近衛隊同様考慮しよう。給金は、近衛隊がいまのきみの給金の三分の一を保障するのなら、わが軍では四分の一という破格のものにしよう」
「いえ、エドモンド様。それだと、さらに減っていますよ」
エドモンドの提示を、リベリオが冷静に指摘した。
全員で笑ってしまった。
それにしても、今朝は本当に貴重な体験が出来た。
なにせ、ソルダーノ皇国軍最強の剣士と勝負が出来たんですもの。
揃って別荘への道を歩いていると、別荘の方からだれかが歩いて来るのに気がついた。
サンドロとクロエである。
二人の笑い声が、小鳥たちの囀りに混じって流れてくる。
「へー、なるほど」
リベリオがつぶやいた。
そのつぶやきの意味はわからないけれども。
「サンドロさん、クロエさん」
手を振ると、二人も振り返してきた。
「早いですね。どうされたんですか?」
「朝食まで時間があるので、昨日の続きを描こうかと」
「わあ、また素晴らしい絵が見れますよね」
「今回はにしようかと。先生から『基本に忠実なれ』、と注意されていますので」
「楽しみにしています。それで、クロエさんは?」
「ミオ、いいじゃないか」
リベリオが肩をゆさぶってきた。
「絵に憧れているんです。故郷では、絵なんて見たこともありませんでした。皇宮でたくさんの絵を見、心が震えました。サンドロさんにそのお話をしたら、描くところや描いている途中の絵を見せてくれると誘ってくれたのです」
「ええっ?ぼくが頼んでも、描いている途中の絵はぜったいに見せてくれないじゃないですか?」
そんなの不公平だわ。わたしには見せてくれないのに、クロエにだけ見せるだなんて。
「ミオ、やめろ」
「どうしてですか、リベリオさん?だって、ぼくだって見たいですよ」
「どうしてですかって、ちょっとは空気を読めよ」
「空気を読むとか読まないとか、そういう問題じゃありません」
「そういう問題なんだよ」
リベリオだけじゃなく、エドモンドとモレノとオレステと二人の近衛兵たちにいっせいに言われてしまった。
きっと、わたしの頬はぶーっとふくらんでいるわね。
そういう問題って、どういう問題なのか正直わからない。
わたしだって、どんなふうに描いているとか途中の絵を見てみたい。
それだけのことなのに。
「悪かったな、サンドロ、クロエ。ミオは連れてゆくから、ゆっくり描いてくればいい。朝食には遅れるなよ」
「はい、隊長」
左側はオレステが、右側はリベリオが、それぞれわたしの肩に腕をまわしてきた。
そして、有無を言わさず別荘に連行されてしまった。
途中、さりげなくエドモンドを見ると、彼は小さく溜め息をついている。
いったいどうしたの?
先程の剣の勝負のことかしら?まさか、ケガをしたところが痛むとか?
尋ねようと思ったけど、彼はモレノと話をしはじめたので機会を逃してしまった。




