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ミオとエドモンドが……

「それでもやはり、彼に暴力はふるってほしくない」

「エドモンド様……」

「エドモンド様、リベリオさんのおっしゃる通りです。何者かが突然攻撃を仕掛けてきたら、うまく逃げるためにはどこにどう向けばいいのか、もしくはどちらに向いて足を動かせばいいのか、知っておいて損はないと思います」


 エドモンドの頑なさは、皇太子殿下譲りである。


 リベリオとの言い合いが発展しないうちに、自分から言いだしていた。


 結局、少しだけ剣の指南を受けることになった。


 エドモンドが直々に相手をしてくれるらしい。


「ミオ、これを使えばいい。わたしの剣なら、細身で軽いから」


 近衛兵の一人が、わたしに自分の剣を貸してくれるという。


 彼はわたしよりかは背が高くてがっしりしているけれど、男性にすれば小柄な方である。


「ありがとうございます」


 ありがたく貸してもらうことにした。


 柄を両手で握って構えてみると、借りている剣はわたしでも充分扱える重さと長さであることにすぐに気がついた。


「へぇ、本当にはじめてなの?様になっているよ」

「見よう見真似というやつです」


 その近衛兵に応じてから、乗馬靴と靴下を脱ぎ捨て、みんなと同様に裸足になった。


 それから、エドモンドと向かい合った。


 昔、王宮で剣の先生に指南を受けたことがあった。兄たちが指南を受けていたから、興味津々だったわたしも勝手に加わったのである。

 気がつけば、剣の稽古が大好きになっていた。兄たちよりわたしの方が、熱心に練習に励んでいた。


 おそらく、兄たちは遠慮をしてくれていたにちがいないわね。兄たちと勝負をすれば、かならず勝っていた。


 わたしは、相手が次にどこを攻撃してくるとかどう動くかがなぜかがわかったのである。


「エドモンド様、お手柔らかにお手柔らかにお手柔らかに、もう一つおまけにお手柔らかにお願いします」


 彼と対峙しつつお願いした。


「どれだけお手柔らかにすればいいのだろうか?まぁ、でも大丈夫だよ。ほら、この剣は両刃じゃない。刃が当たらないようにする。峰も、出来るだけきみに触れないようにするよ」


 エドモンドは、やわらかい笑みとともにそう言ってくれた。


 だったら、安心よね。


 せっかくだから、お兄様たちとの勝負で用いていた必殺技を見てもらおうかしら。


「お願いします」


 いったん構えをといてから一礼した。


 教えてくれた剣の先生は、剣は「礼にはじまり礼に終わる」って、よく言っていたのよね。


 それから、また構え直した。


 彼の瞳をじっと見つめたまま、徐々に間を詰めて行く。

 相手の瞳をじっと見つめるのは、大好きな小説「黒バラの暗殺者」に出てくる剣士がそうしているからである。


 なんでも、そうすることで冷静になって相手の全体像が見えるとか。


 彼も同じようにわたしの瞳をじっと見つめている。


 見つめ合う二人、というわけね。

 なんだか、二人の関係が剣のライバルどうしって感じでワクワクしてくるわ。


 足の裏にあたる砂の感触が心地いい。


 足は砂地から上げず、摺り足で距離を詰める。剣の柄頭をお臍から拳一個分を開けた位置で固定する。そうすることで、剣先が相手の喉を指す状態になる。


 エドモンドに動きはない。


 さすがである。通常、瞳はなんらかの動きをする。たとえば、相手のどこを狙うとか、相手からの攻撃をどう防ぐとか、ほとんどの者の瞳は無意識の内に動いてしまう。


 その瞳の動きをいち早く読み、先手をうつのである。


 すくなくとも、愛読書だった「黒バラの暗殺者」に出てくる剣士はそうしていた。


 だけど、エドモンドの瞳にまったく動きはない。


 彼は、わたしが彼の瞳の動きを読もうとしていることを見抜いているのだろうか?それとも、小説に出てくる剣士が間違っているのだろうか。


 仕方がない。このまま見つめ合っていても、わたしたちに進展はない。


 アクションを起こさなきゃ。いつまでたっても、わたしたちの関係はこのままで終わってしまう。


 勇気を持たなきゃ。わたしからアクションを起こすのよ。


 思い切って起こすことにした。


 彼の包帯を巻いている方の腕、つまり右腕に視線を向けてみた。当然、さりげなくである。


 彼は、それに反応した。彼が先手をうってきた。彼が剣先を右斜め上に上げた。腕をかばうためである。


 その瞬間、わたしは右足で彼にめがけて砂を蹴った。同時に、思いっきり突いた。


 わたしが蹴り上げた砂が、エドモンドの左半面をめがけて飛んでゆく。彼は、剣の柄から手をはなして左手で左半面をかばうだろう。そうなると、彼の左半身ががら空きになる。


 そこを狙い、剣を思いっきり突いたのである。


「カチンッ!」


 金属同士が触れ合う甲高い音がした瞬間、剣が宙を舞った。それはクルクルと回りながら水際まで飛んで行き、剣先から砂地に落下して突き刺さった。


 完敗よ。


 わたしは、剣を握っていたはずの両手を呆然と見下ろしてしまった。 



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