お友達
なぜか、夕食会にロゼッタの姿はなかった。
ケンカ相手がいないのが寂しいのか、リベリオもまたどことなく落ち着かないようである。
美味しい食事を堪能した後は、居間でお茶をいただいた。
アマンダとセリアとクロエ、それからサンドロは部屋で休みたいと言い、それぞれの部屋へ引き取ってしまった。
そのアマンダに、モレノもくっついて行ってしまった。
ゆっくり休ませてあげた方がいいのに。
居間からいそいそと出て行くモレノの背中を見ながらそう思ったのは、わたしだけなのかしら?
「ミシェル様、ほんとうにお元気になられましたね」
彼女は、食事も進んでいたようである。。
ずっとパオロと話をしていたけど。
長椅子にパオロと並んで座っている彼女に、つい声をかけてしまった。
「ミオさん、ミシェルとお呼びください」
「ですが……」
「わたしたちは、お友達、ですよね?」
「も、もちろんです」
「それでしたら、気軽に呼び合いませんか?」
「わかりました。では、ぼくのことも……」
「ミオ、と呼ばせていただきます」
そのタイミングで、パオロがグラスを差し出した。
「紅茶よりも葡萄ジュースの方がいいだろう?」
「ありがとうございます、パオロ様」
グラスを受け取ったミシェルの顔は、心なしか紅潮している。
本当に美しい。金髪もサラッサラである。
「あの、ミシェルとパオロさんも友達、ですよね?」
「えっ?」
「どうして、『パオロ様』なんですか?」
「どうしてって……」
彼女は、なぜか当惑の表情でパオロと顔を見合わせている。
「ミオ、いいんだよ。いろいろ事情があるんだから。ミシェル、すなない。彼は、こういうやつなんだ」
リベリオに肩を組まれ、笑われてしまった。
ミシェルもクスクス笑っている。
「湖で水遊びをされたとか?風邪をひかないようにして下さい」
「ああ。どこかの兄弟は、ここに来て重責から解放されたらしい。すっかり子ども時代に戻って、ここぞとばかりにハメをはずしている。仕える者としては、それに合わせなければならない。なぁ、ミオ?」
「は、はい」
「おいおい、リベリオ。どこかの兄弟とは、いったいどこの兄弟のことだ?」
「ベルトランド様、いまこの場に兄弟は一組しかいませんよね」
リベリオは、皇太子殿下とエドモンドを指さした。
ベルトランド……。
そういえば、以前エドモンドが教えてくれたわよね。
リベリオとモレノは、エドモンドのことを呼ぶのにそのときの状況に応じて呼び方をかえるって。
そうよね。せっかくの休暇なんですもの。呼ばれる方も呼ぶ方も、皇太子殿下とか将軍閣下とか堅苦しい呼ばれ方は嫌よね。
「そうだ、ミシェル。明日、アントーニ家の別荘に行こうかと言っているんだ。彼とモレノとわたしは、軍の学校時代によく来ていたからね。きみも、幼いころに来てくれただろう?いっしょに来ないか?もちろんパオロ、きみもだ」
「ええ、覚えています。楽しそうですね」
「先程、カルデローネ家の執事に頼んで明日行くことを伝言してもらった。そんなに距離はないし、もしも途中で歩けなくなっても、きみをおぶったり抱いたり出来る野郎はいくらでもいる。なぁ、ミオ?」
「それは、ぼくにはムリです」
「何を言っているんだ。バラド家の末弟をぶん殴って鼻の骨を折ったんだ。それに、いつも人の三倍や四倍は軽く食っているだろう?ミシェルを抱っこするくらい、屁でもないはずだ」
「リベリオさん、嘘をつかないでください。それは、たしかに殴ってしまいましたけど、そんなに力はこめていません。たまたま拳がうまく彼の鼻にあたったんです。それと、ぼくはそんなに食べません。いくらなんでも、人の三倍や四倍なんて、食べられるわけがありません……」
リベリオの言葉を否定しながら、自分でも不安になってきた。
ミシェルのクスクス笑いが大きくなってきた。
彼女、よほど笑い上戸なのね。
皇太子殿下とエドモンド、それからパオロとリベリオも大笑いしている。
わたし、もしかして他人から見るとそんなに食べているように感じられるのかしら?
それとも、実際に食べているの?
そんな怖ろしいことってないわよね?
わたしの焦燥はお構いなしに、別荘での夜は静かに更けていった。




