罪の意識
「と、いうわけだ、愚か者。文字通り、ぶっとばしてやる。兄上とわたしの親友を傷つけ、皇太子殿下である兄上に刃を向けた。その罪は、鼻が折れるくらいではすまないぞ」
エドモンドの「狂戦士」に対する恫喝に驚いてしまった。
一番最後のところである。
鼻が折れるくらい?彼の鼻が折れている?
もしかして、わたしが折ったの?
ごめんなさいって感じ?
いいえ。そんな罪の意識は持てないわよね。
正直なところ、ざまぁみろだわ。
「放せっ、この下賤の子っ!」
「また一つ罪が増えた。ああ、いいだろう。放してやる。貴様の望み通りな」
エドモンドの声は、さらに低く冷たくなった。
それこそ、ゾッとするくらい。
彼は、そういうなり「狂戦士」の首根っこをつかむ手を軽くひねった。
その瞬間、「狂戦士」がふっ飛んで行った。ものすごい勢いで宙を飛んで行き、音を立てて地面に叩きつけられた。
皇太子殿下もわたしも含め、ここに残っているだれもがただ呆然と地面に叩きつけられた「狂戦士」を見つめている。
「狂戦士」は、ピクリとも動かない。
「あのバカを連行し、懲罰房に入れろ」
バラド軍側の兵士はだれも残っていないようである。
「狂戦士」は、バラド軍では一応副官である。お付きの兵士くらいいてもおかしくないのに、それっぽい兵士も見当たらない。
エドモンドが自軍の兵士に命じると、すぐに四名の兵士が動いて「狂戦士」を地面から抱え上げ、連れて行ってしまった。
騒ぎはおさまりつつある。
バラド軍の調教師たちに、この馬の名を尋ねてみた。
トビ、という名の三歳の牡馬らしい。
「ぼくが彼を死なせたようなものです」
あらためてトビの側に跪き、彼をなでた。
まだあたたかみが残っているような気がする。
「ミオ、きみだけのせいじゃない。わたしたちみんなの責任だ。彼を政治や策略の道具としてあつかってしまったのだから」
わたしの肩に置かれた皇太子殿下の手のあたたかみが心にしみる。
「兄上の言う通りだ」
エドモンドがわたしの横に跪き、トビの体をやさしくなではじめた。
「トビ、すまない。せめてバラド軍のほかの馬たちの扱いがよくなるよう、働きかけてみる」
「エドモンド様。いっそ、バラド軍の騎兵がわが軍に移ればいいんですよね?」
「そう簡単にはいかないさ、ミオ。バラド軍の騎兵たちは、貴族子息だけで構成されている。彼らは、あのバカほどではないにしろ、貴族以外は物や道具としかかんがえていない。その意識を、根底からかえるのはむずかしい」
「それでも、やらなければ。そうですよね、エドモンド様?」
「ああ、きみの言う通りだ。やらなければ、何もかわらない。きみらは、わが軍に移って引き続き馬の調教をやってくれ」
エドモンドは、まだトビにすがりついて泣いているバラド軍の調教師たちに声をかけた。
「ほかの調教師たちも移りたがることでしょう。バラド将軍閣下の意に添わなければ、わたしたちが鞭打たれるのです」
一人が二の腕で涙を拭って応じると、もう一人も大きくうなずいた。
「トビの尊い犠牲による影響は大きい。少しずつでもかえていこう。だからみんな、力を貸してほしい」
皇太子殿下の言葉に、この場にいる全員が頭を垂れて協力を誓った。
トビは、皇太子殿下やエドモンドも含めてみんなが見守る中、軍馬専用の墓地に丁重に葬られた。
結局、何一つ立証は出来なかった。
今回のこの事件に関しては、さすがの宰相も揉み消すことは出来なかった。というわけで、彼は知らぬ存ぜぬを通した。
つまり、いっさい介入してこなかったのである。
何一つ立証は出来なかったけど、バラド三兄弟の評判は落ちた。宰相も、彼らを切り捨てるかもしれない。
バラド軍の兵士たちの意識もかわってくる。
トビへの扱いを目の当たりにし、どれだけ無慈悲で冷酷な人間であったとしても、あの勝負が心に響かないわけはない。
ぜったいに改善される。
そう信じている。
バラド三兄弟の末弟である「狂戦士」は、副官という地位というよりかは軍そのものから追われた。それだけではない。バラド家から追いだされたらしい。
現在、彼は収監されている。裁判後は、軍の刑務所に入ることになる。
その報告をしに、バルドとともにトビの墓を訪れた。
長期に渡る薬物や肉体的な苦しみから解放され、彼が自由に駆けまわっている。そうであってほしい。
競馬勝負の後、中断していたデートを再開し、やっと消化出来た。
モレノもパオロも、なぜか例の劇場でのトラブルがあったあの一回限りで協力してくれなくなった。
だから、わたし一人で頑張ったのである。
メイドたちのだれと付き合うか?
いまのところ、はぐらかしている。
メイドたちも、競馬勝負を見に来てくれていた。だから、わたしが精神的に参っていることを知っている。
ありがたいことに、彼女たちもいまのところは騒がずそっとしてくれている。




