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大騒ぎ

「彼は、わたしの側近だ。おまえはいま、わたしの側近に刃を向けた」

「ふんっ!このおれを殴ったからだ」

「なるほど。「狂戦士」は、ひょろっこいガキに殴られる程度の軍人というわけだ」

「なんだとっ!」


 皇太子殿下を前にしても、全然アルセーヌっぽくないアルセーヌは、狂犬そのままね。ギャンギャンと吠え立てている。


「あれを見ろ」


 皇太子殿下に促され、その差す指の先を見た。バラド軍の調教師二人が、死んだ馬の側に跪いて泣いている。


「これ以上、馬を苦しめたくありません」

「辞めてやる。わたしたちだって、馬が大好きでこの仕事をしているんだ。その馬を傷つけたり殺したりなんてことは、金輪際やりたくない」


 二人とも、死んだ馬にすがりついて泣きながら怒鳴った。


「貴様らまで偽善者ぶるのかっ!」


「狂戦士」は、ますます激怒している。


「殿下っ」

「皇太子殿下っ!」


狂戦士かれ」の凶行は止まらない。剣を振りかざして突進してきた。


 リベリオとモレノが叫んで動いた。わたしは、勝手に体が動いていた。


 だけど、「狂戦士」の動きがピタリと止まった。いいえ、止められたと言った方がいいかもしれない。


 猫の仔の首をつかむかのように、彼の首根っこがつかまれたからである。


「遅いぞ。もう少しで、こいつにバッサリ斬られるところだったじゃないか?」

「兄上、申し訳ありません。昨夜のお詫びに、兄上にもいいところを見せる機会を作ってあげたかったのです」


 エドモンドである。

 彼は、ケガをしていない左手で「狂戦士」の首根っこをつかんでいる。


 エドモンドは、皇太子殿下とささやき合った。それから、視線を周囲に巡らして状況を把握したみたい。


「おい、「狂戦士」。相手ならわたしがするぞ。どこかのバカどもが雇った悪党のせいで、ミオとわたしが命を狙われてケガをしたが、貴様ごときなら片手で充分だ」


 エドモンドは、「狂戦士」の首根っこをつかんだまま、わざと大声で言った。


 観客たちに、きかせるためである。


「兄上、悪党どもに関係する連中を捕えました。連中、まんまとわれわれの罠にひっかかってくれました」


 エドモンドは、さらに大きな声で皇太子殿下に報告をした。


 その瞬間、バラド将軍とそのすぐ下の弟が顔を見合わせた。


 宰相は……。


 微妙な表情である。


 陽光を存分に受け、彼の銀髪が輝いている。


「なんと、軍人でした。もちろん、わが軍の所属ではありません」


 エドモンドは、そこでピタリと口を閉じた。


 彼の報告をきいたすべての人の頭に、いまの内容を染み渡らせるためである。それから、どういう意味なのかを理解させる間を与えたわけである。


 もっとも、罠にかかった軍人がエドモンド軍でなかったとすれば、「どこの軍か?」くらいはだれにでもわかることだけど。


 案の定、ここにいるすべての人たちが騒ぎはじめた。


 皇太子殿下は、大騒ぎになっても悠然としている。


 だけど、宰相はそうはいかない。


 様々な推測や思い込みが飛び交う中、宰相は取り巻きたちに命じて観客たちをこの場から追い払いはじめた。


 不平や不満の声があふれ、どういうことかを問う声があちこちで上がっている。


 宰相だけではない。


 騒ぎの片棒を担ぐバラド将軍もまた、自軍の兵士たちに観客たちを追い払うよう命じた。


「バラド将軍、スカルキ将軍とミオ・マッケイ暗殺未遂事件については、憲兵隊の厳粛かつ迅速な調査が進められることになる」


 皇太子殿下に宣言された将軍は、真っ赤な顔をして踵を返した。


「兄貴、こいつをぶっ飛ばしていいか?」


 バラド将軍の背に、「狂戦士」の問いがぶつかった。


 すくなくとも、「狂戦士」は昨夜の事件のことはまったく知らないようだ。


 きっと、知らせたって仕方がないんでしょう。っていうよりかは、彼だったら自分が暗殺をしに行きたがるわよね。


 もっとも、昨夜厩舎に潜んでいたのが「狂戦士」だったら、わたしはいまここにいなかった。


 わたしが殺された後にエドモンドがやって来て、わたしの仇を討ってくれた、という結果になったにちがいない。


「だまれっ、この恥さらし」


「狂戦士」の問いに対する将軍の答えは、いまの罵声だった。


「あはっ!」


 どこまでもバカな「狂戦士」は、エドモンドに首根っこをつかまれたままよろこんでいる。


 やはり、彼の頭と心のネジはゆるんでいる。それどころか、とれちゃっているのね。


「兄上、こいつをぶっ飛ばしていいか?」


 エドモンドは、皇太子殿下に「狂戦士」の真似をして尋ねた。


「もちろんだとも、わたしの自慢の弟よ。その愚か者に、馬の命の尊さとわたしたちの親友の想いの深さと強さを思い知らせてやれ」


 皇太子殿下の答えは、バラド将軍のそれとはまったくちがっていた。


 当然のことよね。



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