いざ、勝負へ
隊長の言う通りである。
エドモンドみずから部下を救いに行くとか個人の武勇を発揮するなどということは、将軍としては失格な気がする。
彼はやさしすぎる。だから、やってはならないということを重々承知していながらも、体が勝手に動いてしまうのかもしれない。
いずれにせよこういうことは、彼の性格だけではなく彼が強すぎるから成し遂げられることよね。
「まぁそんな将軍だからこそ、兵士たちはついて行くんだがね。これが参謀であったり副官であったりしたら、心からついて行けるかと言うとそうではない。将軍閣下だからこそ、『ついて行こう、命を賭けよう』と思える。おっとすまない。軍人でもないきみにこんなことを言っても、野獣の戯言にしかきこえないよな。とにかく、今日はがんばってくれ。バラド軍の動向を見張ることになっているから、勝負を直接見ることは出来ない。だが、心から健闘を祈っているよ」
「ありがとうございます。がんばります」
「じゃあっ」
隊長は、片手を上げて部下たちのところへ戻って行った。
彼から元気と勇気をもらった気がする。
その思いを胸に、バルドと最後の調整を行った。
慌ただしく朝食と準備をすませ、勝負が行われる軍の調練場に向かった。
師匠もついて来てくれることになった。
これほど心強いことはない。
調練場にやって来たのはいいけれど、その景色を見た途端に腰を抜かしそうになった。
観客は、バラド軍やエドモンド軍の将兵だけではない。
大勢の人が見物に来ているのである。
思わず、クラクラしてしまった。
こんなの、ただの見世物じゃない……。
自分のことよりバルドのことを心配してしまう。
それでなくても、彼は人間に不信感を持っていたのである。いまはそれも解消しているけれど、これだけの人間を前にすれば、人間が大好きな馬だって緊張してしまう。
「バルド、大丈夫だよ。ぼくがついている」
馬は、人の機微の変化に敏い。
わたし自身の動揺を悟られぬよう注意しつつ、彼の鼻面を撫でた。
「ブルルルルル」
よかった。彼は、いまのところは大丈夫みたい。
「まったく。派手好きの宰相の差し金だな。官僚や貴族たちも、暇を持て余しているんだろうよ」
師匠の推測は間違いない。
宰相は自分がトラパーニ国の王太子殿下たちの前で恥をかかされたものだから、わたしが勝負に負けるのを一人でも多くの人に見せたいに違いない。
わたしが負けるということは、皇太子殿下の負けを意味するのだから。
それにしても、いくらわたしが元調教師助手だからといって、そんなわたしと勝負して勝利し、それを誇るというのも何か違うような気がするんだけど。
騎兵どうしというならまだしも、軍人ですらない非力なわたしと勝負だなんて。
まぁそれにのったわたしも、彼らとあまりかわらないのかしらね。
とにかく派閥とか軍閥とかそういうことよりも、馬たちに対する扱いを正してもらわないと。
馬は、人間の道具でも奴隷でもない。
それをわからせないといけない。
スタート地点には、皇太子殿下とパオロ、それから宰相派の面々に加えてバラド将軍たちも来ている。もちろん、リベリオとモレノもである。
師匠とバルドいっしょにそちらへ歩を進めると、士官服を着用している小柄な青年がこちらを、具体的にはわたしをじっと見つめていることに気がついった。
視線が合うと、彼は控えめに表現しても人相の悪すぎる。その顔に、『ニヤリ』と笑みを浮かべた。
すぐにわかった。彼がバラド三兄弟の末弟であるということに。
彼が「狂戦士」と異名を持つ剣の達人であり、乗馬の天才と名高い人物なのである。
うわぁ……。
パッと見も人相が悪いけど、それに加えて異常な気を、というよりかは狂気っぽい雰囲気を持つ人にお目にかかるのは、そうそうないかもしれない。
顔と内なる気が、これほどぴったり合っているなんて……。
兄二人も扱いにくいし嫌な感じだけど、彼はその上をいっている。
いいえ。兄二人は、どちらかといえば単純ね。だけど、彼はいかにも性悪、それもかなり性格が悪い気がする。
彼らのご両親って、いったいどんな人たちなんだろう。
素朴な疑問を持ってしまった。
「おやおや、やっとご登場かね?」
そんなことをかんがえていると、宰相がはやくも嫌味をぶつけてきた。
「遅くなって申し訳ございません」
待たせたのは確かなので、そこはちゃんと謝罪しておいた。
「昨夜、侵入者がありましてね。彼が襲われたのです。そのせいで、バタバタしていたというわけです」
リベリオも負けてはいない。
はやくもカマをかけはじめた。
「ほう、侵入者?」
宰相は、銀髪輝く頭を右に左に倒した。
彼は、いまだに髪の毛をいたわり続けているらしい。




