エドモンドと二人っきりに……
「エドモンド様、ミートパイもどうぞ。はい、あーんして」
「あーん」
フォークを彼の口に運ぶ。
「いかがですか?」
「うん、うまい」
「ふんっ!わたしも悪党に右手を刺されるなり叩き折られるなりしてもらいたいよ」
皇太子殿下のつぶやきが、背中にぶつかった。
「えっ、どうしてですか?」
そんな痛いことをしてもらいたいなんて、じつは皇太子殿下ってそんな痛いのがお好きなのかしら?
「あははははは!殿下も『はい、あーんして』をしてもらいたいんだよ」
リベリオは、さらにウケている。
「なら、坊ちゃん。わしがやってやろう」
「殿下、わたしもやりますよ」
「必要ないっ!」
師匠とパオロはやさしいわね。せっかく申し出たのに、なぜか皇太子殿下は即座に拒否してしまった。
「ケガをしてよかった。ねぇ、兄上?」
エドモンドは、なぜか勝ち誇っている。
ケガをしてよかっただなんて、大したことがなかったから言えることであって、深刻なケガだったらよかっただなんて言えるわけがないわ。
「ぼくのせいですけど、ケガをしてよかっただなんて……。よくありませんよ、エドモンド様」
「あ、そうだよな。すまない」
「ざまぁみろ」
皇太子殿下のつぶやきが、また背中にぶつかった。
まったくもう。いつも頼れる人たちなのに、ときどき子どもっぽくなるのよね。
お姉様たちがよく言っていたわよね。
男性って、ときどき子どもっぽくなるって。
もっとも、お兄様たちはときどきどころかいつも子どもっぽっかたけど。
こうして、深夜の食事のひとときはすぎていった。
「エドモンド様、枕とシーツを準備しました。本当に長椅子でいいのですか?」
皇太子殿下まで母屋に泊ると言い出した。それを、パオロとリベリオとモレノが三人で抱えるようにして皇宮に連れて行ってしまった。
すでに師匠は眠ってしまった。
それでなくても朝が早い。二時間ほどしか眠ることが出来ない。
母屋にはまだ厩務員の為の部屋がある。だから、そちらの方の寝台を準備すると言ったけど、エドモンドは長椅子でいいと言う。
だから、彼が長椅子で眠ることが出来るよう準備をした。
「ああ、充分だ。ありがとう。官舎の寝台よりずっとマシだよ」
「ちゃんと歯磨きは出来ましたか?」
「ああ」
「夜着は?師匠のをお貸ししましょうか?」
「いや、いい。上着を脱げばいいだけのことだから。それにしても、きみはまるで母親みたいに口うるさいんだな」
「師匠があまりにもだらしがないので、つい癖で言ってしまうんです。ついでに、朝の身づくろいは出来そうですか?」
師匠よりかはずっとマシだけど、彼の美形の下半分が薄っすらと無精髭に覆われている。
もちろん、わたしに無精髭が生えるわけがない。だれかに指摘されれば、「生えない体質のようです」とごまかすしかない。
そこまでかんがえて、思いだした。
そうだった。彼はわたしが女性だと気がついている、ということをである。
途端に意識してしまう。
どうしよう……。
師匠はぐっすり眠ってしまっている。高鼾がきこえてきている。
彼と二人。二人っきり。二人しかいない。
急にドキドキしはじめた。
どうしよう、どうしよう。
心臓が口から出てきそうなほど、胸の中で飛び跳ねている。
「あー、何とか大丈夫だと思う。髭はこのまま伸ばした方が貫禄がつくかな?」
緊張しすぎていて、彼が尋ねて来ていることに一瞬気がつかなかった。
しかも彼も緊張しているのか、どことなく声が上擦っているような気がする。
「え?そ、そうかもしれませんね。でも、髭だらけのエドモンド様は想像しにくいのですが」
かろうじて応じたわたしの声は、自分でも驚くほど上擦っていた。
「そ、そうかな?」
長椅子に腰をかけている彼は、落ち着かないようでソワソワしている。
彼も意識しているんだわ。わたしと同じように。
どうしよう……。
その一語だけが頭の中をグルグル回るだけで、どうすればいいかというかんじんなことは思い浮かんでこない。
「ミオ……」
上擦った声で呼ばれ、そのときはじめて彼と視線が合った。
彼の顔は、火照っているかのように赤みを帯びている。
それを見た瞬間、ますます彼を意識してしまう。
どうしていいのかわからない。
彼に、女性であることを言及されたらどうしよう。
彼も、そのことについて言及するかどうか意識しているにちがいない。
それはそうよね。二人っきりになったら、おたがいそのことを意識してしまうわよね。




