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厩舎で働きはじめる

 朝は早い。早いなんてものじゃない。


 まだ夜中である。夜明けまでまだかなり時間がある。


 そんなときに、寝心地のいい寝台からもぞもぞ抜けだし、寝惚け眼で着替え、厩舎に向かう。


 ファビオ、つまり師匠と二人で厩舎の内外、馬房の中、宿舎の内外などを手分けをして掃除をする。


 それがすんでから、馬房から馬たちを馬場に連れてゆき、一頭一頭体調を調べつつウオーミングアップをする。馬場の中をグルグル駆けさせるだけであるけれど、これは一日のうちで重要なことの一つである。


 それが終ると、調教開始である。


 現在、厩舎には十頭の馬がいる。内三頭が、例の馬たちで調教が必要である。ほかの馬たちも、馬場で運動をさせる。


 それが終ってから、いったん厩舎に戻る。


 一頭一頭、丹念にブラッシングをしながら馬体に異常がないかをチェックする。


 ブラッシング後、馬たちに飼い葉をあたえる。朝食である。


 馬たちの朝食後、やっと朝食の時間である。ちょっとだけ、自由な時間もある。


 そのあと、本格的に三頭の馬の調教をおこなう。

 一日でも早く、人が乗れるようにするわけである。


 それから、また馬の様子を見、飼い葉をあたえる。


 馬場に異常がないかも確認し、鞍や銜など乗馬用具の手入れや修理も行う。


 夜は夜で、飼い葉をやったり様子を見たりする。


 これが一日のルーティーンである。


 大変である。大変すぎる。


 作業もそうだけど、朝早いのがつらい。


 それ以上に、師匠との付き合いが大変である。


 怒鳴られないときなどない。いっつも怒鳴られている。


 失敗ばかりしていることもあるけれど、失敗していないときでもなぜか怒鳴られてしまう。


 じつは、これまで何人もの厩務員が辞めてしまった。というのも、師匠との関係がよくなくって続かないらしい。


 致し方がないのかもしれない。


 わたしも、作業や師匠に慣れず、最初のうちはダメだと思ったことが幾度もあった。


 結局、わたしはただの馬好きの王女にすぎないのである。

 

 辞めてしまえば行くところがない。


 ところが、三頭の馬、それからもとからいる馬たちがわたしを励ましてくれた。


 どの馬も素晴らしい。七頭の馬は、師匠の調教である。どの馬も、人でいえばかしこくって美しい紳士淑女たちである。


 凡庸な調教師や性根の悪い人では、ここまで育てることは出来ない。


 しかも、一人でやっているのである。


 それに、馬たちが彼に敬意を払っている。


 それを知ったとき、わたしは彼を心から尊敬をした。


 怒鳴るのは、悪気があってのことじゃない。


 そうかんがえるとふっきれた。


 それだけではない。


 彼の作る食事は、どれも美味しい。パンを焼いたり、燻製を作ったりも出来るのである。


 基本的には、朝は焼き立てのパンに卵料理、野菜やイモ類をサラダにしたりボイルをしたもので、お昼はサンドイッチ。夜は焼き立てのパンか、朝のパンの残りに煮込み料理や焼き物、チーズにデザートまでついてくる。

 葡萄酒を飲むこともある。


 絶品すぎるし、彼はなぜかいつもたくさん作りすぎる。


 当然、ついつい食べ過ぎてしまう。


 部屋は大きくはないけど窓があって、机と椅子と寝台と、小さいながら本棚と箪笥がある。


 宿舎内にお風呂まであるのは、ありがたすぎる。


 ここにやってきて翌日、モレノが軍服だけどと言って衣服を持ってきてくれた。いずれ、街に買い出しにいけばいい、とも言ってくれた。


 シャツとズボンはどちらもダボダボだけど、縫ったり絞ったりと調整して着用している。


 馬が大好きだし、ここにいる馬たちが素晴らしすぎて、十日ほどですっかり慣れてしまった。


 その日、朝からうれしいことがあった。


 師匠が、三頭の名をつけろと言う。


 黒馬には「バルド」、栗毛には「リコ」、鹿毛には「ガイア」と名付けた。

 

 ガイアは、牝馬である。


「よし。新入り、おまえにバルドとリコを任せよう。二頭をしっかり調教するんだ」

「え?いいんですか?」

「ああ。ただし、立派な乗馬にしろよ」

「わかりました。がんばります」


 自分が認められたようでうれしくなった。


 まさか、この二頭を調教したお蔭でとんでもない事態を招くなどとは、このときには想像もしなかった。


 うれしいことは、まだつづいた。


 その同じ日の昼すぎ、エドモンドがやって来たのである。


 彼とは、連れてきてくれた日に別れて以来の再会である。


「やあ、ミオ。元気そうでよかった」

「エドモンドさん」


 彼の顔を見た途端、気持ちが明るくなった。うれしくなった。


「きみさえよければ、服など必要なものを買い出しに行こうと思ってね。ファビオに許可はもらったから」

「本当ですか?」


 思わず、声を作るのを忘れてしまった。

 女性にすれば低めだけど、男性にしては甲高い声が、厩舎内に響き渡った。


「坊ちゃん、また供もつけずに……。ガキどもはどうしました?」


 そのとき、厩舎に親方が入って来た。


 エドモンドとわたしを、ジロジロと見ている。


「リベリオとモレノ?あの二人は、今日は非番だ。うるさいからね。この日を狙っていたんだ」

「いいのですか?上の坊ちゃんに知られれば、自覚がないと叱られますぞ」

「兄上に?まぁ、そうだろうな。でも、かまうものか。彼に、この皇都も見せたいしね。ちゃんと短剣は持っているから、大丈夫さ」

「まぁ、大剣だろうが短剣だろうが、この国で坊ちゃんに敵う者はいないでしょうがね。くれぐれも、貴族令嬢に見つからないようにしてくださいよ。すぐに噂になってしまいます」

「ああ、気をつけよう。ミオ、準備して来いよ」

「はい。では師匠、行ってきます」


 さっさと馬房に向かった師匠の背に行ってから、厩舎を飛びだした。


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