気を失ってしまって……
「ミオ?」
そのとき、唐突に皇太子殿下の瞼が開いた。
「で、殿下……」
言いかけたときには、彼の胸の中にいた。
あたたかく、やさしさが満ちる彼の胸の中に……。
「よかった。ミオ、よかった」
彼は、わたしの耳元で『よかった』をずっと繰り返している。
胸がドキドキする。ドキドキしすぎて、心臓が止まってしまうんじゃないかしら?
女性だということを、だまし続けていることを、告白して謝罪をするならいまのうちよね?
このドキドキは、そのことに対するドキドキにちがいない。
ああ、どうしよう。言わなきゃならないのに、言葉が出てこない。
「ミオ、無事でよかった。きみに何かあったら、わたしは、わたしは……」
皇太子殿下のつぶやきが、耳にこそばゆい。
「で、殿下、あの、その……、ぼく……」
そう言いかけて、エドモンドのことが思い返された。
そうだわ。いまはエドモンドよ。エドモンドのことの方が最優先じゃない。
自分自身に対して、真実を告げている暇などない、といういい言い訳が出来た。
「ぼくは大丈夫です。ぼくよりも、エドモンド様、エドモンド様は?殿下、エドモンド様はご無事なのでしょうか。それに殿下、ちょっと苦しいのですが……」
あまりにも抱きしめられすぎて、胸の辺りが苦しいくらいだわ。
遠まわしに解放してもらうよう伝えたつもりだけど、彼はまだわたしをギューッと抱きしめている。嫌がらせなのかしら、それとも何らかの罰を与えられているのかしら。
とにかく、彼はわたしを力いっぱい抱きしめ続けている。
はっきりと離れてくれるよう伝えるべきなの?それでなくても、はやくエドモンドの様子も知りたいのに。
やはり、はっきり言うべきよね。
「殿下、その……」
「ミオッ!」
口を開きかけたとき、部屋の扉が音高く開けられた。
その瞬間、皇太子殿下に突き飛ばされてしまった。
そんなにきついわけじゃなかったけど、不意打ちだったからよろめいてしまった。そのわたしの腕を、皇太子殿下が手をさっと伸ばしてつかんでくれたので、なんとか倒れずにすんだ。
「し、師匠っ、ノックをしてくださいっていつも頼んでるじゃないですか」
「す、すまん。ぼそぼそと話し声がきこえたような気がしたんで、つい」
ドアを開けたのは師匠だった。
わたしがまだ調教師をしていたときから、師匠にはもう何十回、何百回とお願いしていることである。
それなのに、彼はすぐに忘れてしまう。
彼にすれば、同性だからプライバシーなんてささいなことにちがいない。
性別を偽っているわたしとしては、それ以上のことが言えるわけもない。
師匠は、シュンとしている。
ちょっと可愛いかも。
「師匠、ご心配をおかけしました。ぼくならほら、大丈夫ですから」
いつの間にか、皇太子殿下の手がはなれている。だから、大丈夫だという意味をこめてその場でひとまわりして見せた。
「ミオ、よかった。ほんとうによかった」
師匠は涙ぐみながら駆けよって来て、わたしをギュッと抱きしめてくれた。
なぜかしら?皇太子殿下とまったく同じように抱きしめられているのに、師匠の場合は胸に何の変化もない。
ずいぶんと気がラクである。そのまましばらく、師匠に抱きしめられた。
「ミオ、すまなかった。やはり、わしが行くべきだった。ほんとうに、どうもないか?ケガをしていないか?怖かっただろう?」
師匠はハラハラと涙を流し、グズグズと鼻をすすりながら、わたしに何度も謝ってくれる。
「師匠のせいじゃありません。師匠の言いつけを守らず、だれにも声をかけずに厩舎に行ったぼくが悪いんです」
「いいや。おまえを行かせるべきじゃなかったんだ」
「ファビオ。ミオの言う通り、あなたのせいじゃありません」
いついつまでも続きそうな師匠との言い合いが続く中、皇太子殿下が間に入ってくれた。
「坊ちゃん、だが……」
「ぼくより、エドモンド様は?エドモンド様はご無事なんですか?」
師匠が言いかけるのをさえぎり、一番知りたいことを尋ねていた。
「ああ、ああ、下の坊ちゃんのことか?無事じゃない」
「えええっ?そ、そんな……。それで、どうなんですか?詳細を教えてください。というよりかは、どこにいらっしゃるんです?」
質問攻めにしながら、頭の中では最悪の事態ばかりが浮かんで来る。
「ミオ、落ち着いてくれ」
うしろから皇太子殿下の落ち着いた声がきこえた。それで、はっとした。
わたしはいま、動転して混乱しまくっている。
まずは落ち着かなきゃ。




