久しぶりに厩舎ですごす
とうとう勝負が明日に迫った。
バルドの仕上がりは素晴らしく、わたし自身も気合が入っていて心身ともに充実している。
だけどやはり不安があるし、それに伴って緊張もしている。
前日ともあって、警護をしてくれる兵士の数が倍以上になった。
今夜もこれまで同様一晩中、厩舎の内外で目を光らせてくれるらしい。
バルドを含め厩舎の馬たちは、最初こそ護衛の兵士たちがいることに不安がっていた。しかし、いまではもう慣れてしまっている。
護衛をする為に厩舎にやって来る兵士たちは、じつは騎兵たちだと知って驚いてしまった。だけど納得である。
彼らは、馬たちとすぐに仲良くなったし、扱いも慣れている。
中には人見知りをする馬もいるけど、その馬でさえ機嫌よくなでられている。
念には念を入れ、バルドの飼葉と水は街に行って仕入れている。それも、その都度店をかえている。
これなら、いくらバラド兄弟でも予測がつかず、飼葉や水に何かを混ぜるなんてことも出来ないはず。
おなじ理由から、わたし自身が食べる物にも気を遣っている。調理は師匠がしてくれる。その食材は、通常は皇宮専属の業者から分けてもらっている。皇宮の厨房に届けてもらう際に、厩舎にってもらっているのである。
わたしが食べる食材も、街で仕入れている。
「そうだ、ミオ。今夜、下の坊ちゃんが泊りに来てくれるそうだ」
「エドモンド様が?」
「ああ。いよいよ明日、勝負だからな。連中、何か仕掛けてくるかもしれん」
「でも、将軍閣下みずから警護だなんて」
しかも、わたしごときのために……。
というよりかは、気まずすぎる。
先日のトラパーニ国の王太子殿下の言葉が、頭の中に蘇ってくる。
『あの二人は気がついている』
わたしが女だということに気がついている。それなのに、気がつかないふりをしている。
あれ以降、皇太子殿下ともエドモンドとも二人きりになることがなかった。というよりかは、わたし自身そうならないよう避けている。
だけど、厩舎に泊りにきたらそうはいかないかもしれない。
「忘れていた。飼葉をきらしたんだ。予備の厩舎から移動させてくる」
「師匠、ぼくが行きます」
「いいのか?助かるよ。じゃあ、わしは三人分の食事を準備しておくとしよう。ミオ、かならずだれかについて行ってもらえ」
「はい」
わたしは母屋を出、厩舎に向かった。
厩舎に行くと、兵士の何名かが森の方へと歩いて行くのに出くわした。
「怪しい人影を発見したので見回りに行くところなんだ。半数は残って警戒しているので安心してくれ」
隊長が教えてくれた。そして、彼らは隊列を組んで森の方へと去って行った。
残りの兵士たちは、厩舎の周囲で目を光らせている。
声をかけようかと思ったけど、手薄になっているところに付き添ってもらうのも申し訳がない。だから、一人で予備の厩舎に向かった。
予備の厩舎は、以前馬の数が多かったときに使っていたらしい。だけど、現在は飼葉や藁などの保管庫になっている。
重い大扉を開け、中に入った。
開け放たれた大扉の向こう側から、月の明かりが射し込んで来ている。飼葉を担いで運ぶだけだし、灯りは必要ない。
飼葉を置いてある馬房へ歩きかけたとき、何かの気配を感じた。
ネズミかしら?
厩舎にネズミが住みついている。だけど、そんな小さな気配じゃない。
うなじがゾクゾクしてきた。
これは、人の気配?
あきらかに、人が潜んでいる気配がする。
まずいわ。あれだけ大きな音を立てて大扉を全開にしたんですもの。潜んでいる人がどれだけうっかりさんでも、わたしがここにやって来たことに気がついていないわけはない。
落ち着くのよ。とりあえず、潜んでいるだれかを刺激しないようにしなければ。
そうだ。このまま出て行こう。気がついていないフリをして、このまま出て行くのよ。
厩舎内を見回すフリをしながら、ムダに大声で独り言を言った。
「あれ、おかしいな。たしか、ここに置いたつもりだったけど……。気のせいだったかな?もしかしたら、母屋に持って行ったのかもしれないな」
何かを探しに来て、見つからないから出て行く。
そんな風に装ってみた。
でも、声が高く上擦ってしまっていたかも。棒読みみたいになって、不自然だったかもしれない。
大扉の方へくるりと振り返り、ゆっくり歩きはじめた。
見逃して、お願いよ。
心の中で、潜んでいる何者かに何度もお願いをしながら、足を一歩一歩前に出す。
すぐそこにあるはずの大扉が、やけに遠く感じられる。
足を前に出しているつもりだけど、ぎくしゃくとしているのが自分でもわかる。
あともう少し。二歩くらいで大扉に達する。
そのとき、背後で空気の流れが変わった気がした。
何かが、具体的には潜んでいる何者かが立ち上がり、潜んでいる場所から移動しはじめた感じがする。




