姉妹なのにちがいすぎる
「侯爵令嬢、心からお詫びいたします。ぼくが興味本位で劇場に立ち寄ってしまったばかりに、あなたに恥をかかせてしまいました」
「ふんっ!馬丁ごときに謝罪されたって、わたしの気持ちはおさまらないわ」
「いいかげんにしろ、ロゼッタ」
そのとき、リベリオが人々をかき分けて現れた。
そうだった。彼も劇場に行くと言っていたっけ。
「きみは、まずミオに謝罪すべきだろう?きみが癇癪を起して彼をぶち、ケガをさせたんだ。見ろよ、彼の目尻に一生消えない傷が残ったんだぞ」
ええっ?そうだったかしら?
一瞬、そうだったかしらと驚いてしまった。
まったくもうっ!リベリオったら、なんて嘘をつくのよ。
「姉の方は、ずいぶんと癇癪持ちらしいからな」
「使用人もケガをして辞めたりしているそうだ」
「彼女の婚約者だったどこかの子息も、彼女にぶたれたか何かでケガを負い、婚約破棄をしたらしい」
人々の間から、彼女を揶揄する会話がきこえてきた。
上流階級って、こういう噂が大好きなのよね。
ほんっと嫌だわ。
「リベリオさん、やめてください。ぼくが悪いんですから」
彼女がリベリオに突っかかる前に、リベリオを止めたかった。
これ以上騒ぎが大きくなると、皇太子殿下やエドモンドが恥をかくことになる。
「リベリオ、この野蛮人……」
「お姉様っ!」
その瞬間、そんなに大きくはないけど鋭く呼ばれ、ロゼッタが口を閉じた。
彼女の妹である。真っ青な顔をしているのが、劇場前の照明でよくわかる。
その瞬間、彼女がふらつき倒れかけた。
「侯爵令嬢っ!」
驚きの声や悲鳴が上がる中、彼女にすばやく駆け寄り、倒れそうになった彼女を抱きとめた人がいた。
なんと、パオロである。
「パ、パオロ様?」
そしてなんと、ミシェルがそのパオロの名を呼んだのである。
劇場前の騒動は、しばらくするとおさまってくれた。
アマンダとセリアとクロエはさすがである。
まだ下級とはいえ、皇宮のメイドだけのことはある。
すぐに劇場の支配人に掛け合った。
そして、貴賓室を借りることが出来た。そこにミシェルを運び込で休ませたのである。
その際、三人がテキパキとミシェルの世話をしてくれた。
一方、皇太子殿下とロゼッタに芝居を観劇してくるよう、説得するのに骨が折れた。
具合の悪いミシェル自身がお願いですからと頼み、やっと二人は劇場内に入って行った。
わたしには嫌な女であるロゼッタは、妹に対してはすごくいい姉であるらしい。
そんなロゼッタとミシェルを見ていると、お姉様たちのことがつい恋しくなってしまった。
あらためて、無事を祈らずにはいられない。
同伴者のいなくなったエドモンドも貴賓室の控室にいる。それから、リベリオも。
じつは、リベリオが同伴するはずだった貴族令嬢も、身体の不調で来れなくなったらしい。
奇しくも今夜この劇場に、エドモンド、リベリオ、モレノというソルダーニ皇国軍の若き指揮官たちがそろったわけである。
『医師を呼びましょう』というパオロに、ミシェルは頑なに大丈夫だという。
久しぶりに人ごみの中に出てきたため、疲れたのだと。
それはわかる気がするけれど、それよりも彼女とパオロが顔見知りだということに驚いてしまった。
アマンダたちがテキパキと動いてくれたお陰で、彼女も冷たい水を飲み、火照った顔を冷やし、横になって心地よく休むことが出来た。
彼女は苦しいはずなのに、アマンダたちにお礼を言ったり気遣いをみせたりしている。
彼女は、あのロゼッタとはくらべものにならないほど謙虚で思いやりがある。
介抱の終わったアマンダたちが貴賓室から控室に出てくると、モレノが長椅子から立ち上がった。
「アマンダ、さぁここへ。疲れただろう?」
彼は、立ち上がりつつアマンダに声をかけた。
「わ、わたしは大丈夫です。閣下、そのままお掛けください」
「いやいや、わたしはぼーっと座っていただけだから。ほら」
「ですが……」
二人のやり取りを見つつ、モレノって結構やさしいんだ、と思った。
「あー、きみたちはこちらへ」
リベリオも立ち上がった。きみたち、というのはセリアとクロエのことである。
「閣下、将軍閣下、レディたちにその席を譲って差し上げてください」
リベリオは、まだ座っているエドモンドに声をかけて促す。
「あ、ああ、そうだった」
エドモンドも立ち上がったけど、長椅子はもう一脚あるし、ここにいる全員が座ってもまだ余裕がある。
「い、いえ、わたしたちは……」
もちろん、彼女たちも恐縮している。
「わたしたちはこちらに座るから、アマンダといっしょに座るといい」
エドモンドがもう一脚の長椅子に座すと、彼女たちもおどおどしながら長椅子に腰を下ろした。
まずは一安心。
それにしても、せっかくのデートがとんだハプニングを迎えたものよね。




