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劇場にてひと騒動

 皇太子殿下とロゼッタの美しさに感心していると、つぎはエドモンドが現れた。彼は皇太子殿下同様タキシード姿だけど、いつもの軍服姿ではないのでちょっと違和感がある。


 彼もまた歓声に応じてから皇太子殿下と同じように馬車から降りて振り返り、手を差し伸べた。


 そのつぎに現れた女性もまた、ロゼッタと負けず劣らずの美貌の持ち主である。


 でも、彼女は可憐というか儚げというか、ド派手な美しさのロゼッタとはまったく逆の美しさである。


 人々の羨望の眼差しや称賛の声は、彼女の方が多いかもしれない。


「めずらしいな。彼女が公式の場に出てくるなんて。何年ぶりだろう」

「どなたなんですか、パオロさん?」

「カルデローネ侯爵家の次女、つまりロゼッタ嬢の妹のミシェルさ。深窓の令嬢と言われていてね。病弱で公式の場から遠ざかっているんだ。その彼女が現れたということは、カルデローネ家もいよいよ本気を出してきたってことかもしれないな」


 パオロの説明をききながら、彼女とエドモンドが微笑み合っているのを見た。


 先程とおなじように、胸のどこかがチリチリする。


 もしかすると、夕食で大豆の辛煮を食べすぎたのかもしれない。


 モレノと競うようにして、調子にのって三杯もおかわりしてしまった。


 もちろん、それだけじゃない。ほかにもいっぱい食べてしまった。

 それは、胸やけもするわよね。


 わたしってば、食いっぷりだけは男性のふりじゃなくなってしまっている。

 これはもう、かなりヤバいかもしれない。


「お似合いですわね」

「美男美女とは、このことですわね」


 きこえてくるささやきは、女性がほとんどのようだ。

 皇太子殿下とエドモンドに好意的なのは、女性がほとんどなのかもしれない。


「ふんっ、皇太子や将軍を気取れるのもいまのうちだ」

「カルデローネ家も家運が傾いているというのに、ずいぶんと大きな賭けにでたものだな」

「宰相に取り入った方がいいだろうに」


 男性たちは、そんな陰口を叩いている。


 先程の歓声とは裏腹に、ここにいるほとんどの貴族たちが皇太子殿下に反感を抱いている。


 それを目の当たりにし、感じてしまうと悲しくなってくる。


 皇太子殿下の信念は、やはり貴族階級には受け入れがたいのね。


「ミオじゃないか」

「本当だ。ミオッ!」


 そのとき、皇太子殿下とエドモンドがわたしたちに気がついたみたい。貴族たちをかきわけるようにし、こちらに歩いてきはじめた。


「なんてことだ」


 パオロのつぶやきがきこえてきたのと、皇太子殿下とエドモンドがやって来たのが同時だった。


「どうしたんだ、こんなところで?ああ、そうか。デートだったな。では、きみたちも芝居を?」

「まさか、会えるとは思っていなかったよ」


 皇太子殿下とエドモンドが、ほとんど同時に言ってきた。だけど周囲がうるさいので、よくききとれなかった。


「殿下、何をされておいでです?将軍閣下、あなたもです。侯爵令嬢をほったらかしにして、どういうつもりなのです?」


 パオロが真剣な表情と口調でぴしゃりと言うと、二人ともはっとした表情になった。


「殿下、ひどすぎますわ」


 そのとき、ヒステリックな非難がきこえてきた。


 だれか、は言うまでもない。


 ロゼッタがプリプリしながらこちらに向かってくる。


 そのうしろを、彼女の妹のミシェルが静かについてきている。


「ああ、これはすまない」


 皇太子殿下は、すぐに非を認め謝罪した。


 たしかにこれだけの紳士淑女が見守る中、ロゼッタとその妹のミシェルにとって、エスコートすべき皇太子殿下やエドワードにほったらかしにされれば、いい恥さらしである。


 逆に言えば、いまのは皇太子殿下とエドモンドの配慮の欠如であり、マナー違反でもある。


 しかも、皇太子殿下とその弟という地位である。


「いくらなんでも、ひどすぎます。こんな馬臭い馬丁を優先するなんて……。殿下は、カルデローネ家を蔑ろにされるおつもりですか?」


 ロゼッタのヒステリックな叫びが、劇場前の広場に響いた。


 この場にいるすべての上流階級の人々が、いやでも注目している。


「ロゼッタ、不作法だったのは謝罪する。カルデローネ家を蔑ろにしているわけではない。ただ、ミオのことを悪く言うのはやめてくれ。彼は、いまはわたしの側近だ。わたしを助けてくれている」


 皇太子殿下の言葉が終るまでに、彼女はわたしをすごい形相で睨みつけてきた。


「こんな下級階層を重宝するなんて……。ああ、そうでした。わたくしったら、すっかり忘れていましたわ。殿下のお母様がそうでしたものね。上流階級より下級階層の方が、よほど居心地がよいというわけですわね」


 彼女の心の無い言葉に、人々の間から笑声が上がった。


 思わずカッと来てしまった。彼女をひっぱ叩いてやりたい衝動に駆られた。


 だけど、わたしのせいでこんなことになってしまった。


 皇太子殿下とエドモンド、それから彼らのお母様は、わたしのせいでバカにされてしまったのである。




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