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二人は気がついている

「ミオ、昨夜の提案をかんがえてくれたか?」


 やはり、そう尋ねてくるわよね。


「なにをだ?」


 すると、皇太子殿下とエドモンドも歩く速度をゆるめて近づいていた。


 皇太子殿下の声が、心なしかかたく感じられる。


「まさか、ミオも誘ったとか?王太子殿下、あなたは油断も隙もありませんね」

「エド、エドと呼んでいいか?なんなら、きみも来ないか?大将軍の地位を約束するし、トラパーニ国軍全軍のすべての指揮を任せるよ」

「怖れながら、王太子殿下。わたしのことをエドと呼べるのは、この世でただ一人、いえ、二人だけです。それと、お誘いは身に余る光栄。なれど、わたしには身に余りすぎて務まりそうにありません」


 エドモンドは、きっぱりと返答した。

 これには、王太子殿下も苦笑いするしかない。


「だろうな、エドモンド。きみは、サンドロ以上になびかんと思っているよ。母親が同じであってもちがっても、仲が悪い兄弟は大勢いる。とくに地位が眼前にぶら下がっているとなるとな。ベルトランド、きみもおれも幸運だ。弟のお蔭で孤立せずにすんでいる。何より心から信頼出来、心身ともに支えてくれているのだから」

「ああ、そうだな」


 皇太子殿下は、手を伸ばすとエドモンドの頭をガシガシとなでた。

 エドモンドは、皇太子殿下のその突然の行為に真っ赤になっている。


 ちょっと可愛いわよね。


「エドモンド、兄貴のことをしっかり支えてやれ。たとえ何があってもな」

「……」


 王太子殿下の謎めいた言葉に、エドモンドは当惑の表情を浮かべている。


「おれは兄貴だから、弟の気持ちってものはわからないが……。食い物とか読みたい本とか、何かが一つしかない場合って、どちらが譲るんだ?」


 王太子殿下のさらなる謎めいた問いに、エドモンドは皇太子殿下の方を見た。皇太子殿下もエドモンドを見ている。


「それは……。兄の好みとわたしの好みはちがいますから、そもそも譲り合うなんてことは……」


 エドモンドは、ますます当惑の表情を浮かべている。だけど、言葉の途中ではっとした表情ものにかわった。


「女性の好みとかもちがうのか?おれもそうだが、皇太子殿下や将軍閣下ならば、貴族令嬢との婚約話などでうるさくないか?おれほどではないにしろ、きみらも美形だしな」


 ドキッとした。


 それにしても、おれほどではないにしろって、王太子殿下はずいぶんと自信家なのね。


 皇太子殿下とエドモンドは、おたがいに視線を合わせたままである。


「ランベール、そういうきみはどうだ?テオドールと女性のことで話をする暇があるか?」

「ないね」

「わたしたちもない。それよりも、きみは話をそらそうとしていないか?サンドロだけでなく、ミオまで誘っているのか?」

「悪かったよ。だが、惚れこんだ人間は、どうしても欲しくなる。そういう性質たちなんだ」

「そうか。わたしも同じだ。惚れこんだ人間は、何がなんでも手放したくない。側に置いて守ってやりたい……」

「兄上っ」


 皇太子殿下が言いかけているところに、エドモンドがさえぎった。


「それもどうだかな。当人の意志にかかわらず、か?」

「ああ、そうだ」

「兄上、いいかげんにして下さい。ミオは、彼はあなたの奴隷じゃないんです」

「おまえこそだまれ、エドモンド」

「わかったわかった、本当に悪かったよ」


 なぜかはわからないけど、皇太子殿下とエドモンドの間で険悪な雰囲気になってしまった。


「二人とも、おれが悪かった。だがな、ベルトランド。エドモンドの言う通りだと思うな。ミオ、来る気はないか?待遇・・は、昨夜話した通りだ」


 迷う必要などない。彼の提示してきた待遇は、側近としてではない。馬丁とか調教師とかでもない。


「せっかくのお誘いですが、やはり皇太子殿下やエドモンド様に拾っていただいた恩がありますので」


 だから、そう答えた。


「あーあ、ミオにまでふられたな。まぁいい。今日のところはあきらめるか。ミオ、二人のもとに居づらくなったら、いつだっておれのもとに来い。隣の席はあけておくから」

「王太子殿下……」

「というわけでベルトランド、足を止めさせて悪かった。おいおい、そんな怖い顔をするなよ。せっかくの美形が台無しだ。これ以上、口説くような真似はせん。ミオに大豆の礼を言いたいだけだから」


 また歩きはじめると、王太子殿下は皇太子殿下に断りを入れてからわたしに近づき、ささやいてきた。


「ミオ、きみがいくら鈍感でも、いまので気がついただろう?」

「えっ、なにをです?」

「まったく、きみの鈍感さはこの大陸一だな。二人は、きみを女性とわかっている。きみを女性としてかなり意識している。あのままおれがきみにこだわったら、エドモンドに斬り殺されたかもしれない。彼らは、それほどきみを意識しているってことだ。それと……」


 王太子殿下が歩く速度をゆるめたので、わたしもゆるめた。


 前を行く皇太子殿下とエドモンドの背中を見つつ、胸が締め付けられてくるような気がする。


「きみも、だろう?きみは鈍感だから、まだ意識していない。でも、きっと心のどこかであの二人の存在があるはずだ。皇太子殿下や将軍じゃなく、ベルトランドとエドモンドとして。言っておくが、おれもまだあきらめたわけじゃない。さっきも言った通り、隣の席はあけておく。だから、もしも二人が仲たがいして居づらくなったり相談相手が必要になったら、いつでも来てくれ。ああ、手紙でもいい」


 隣の席って?


 ああ、食事の際の特別な席か何かかしら?



 トラパーニ国の使節団は、慌ただしく帰国した。


 だけど、使節団が来る前よりかはずっとずっと問題が出来てしまった。


 ああ、もうっ!溜息しか出ないんですけど。


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