サンドロの返答
「あの、タルキ国の王都はどうなっているんですか?」
皇太子殿下とエドモンドに、遠まわしに尋ねてみた。もともと、わたしはサラボ王国の出身ということになっている。そのわたしが、唐突に他国の王族の安否を尋ねるのは不自然すぎる。
「平穏そのものだよ。そもそも、タルキ国の国民にはほとんど影響のないよう気を配ったつもりだったんだ。だけど、バラド将軍の部隊が命令を無視して略奪行為を行ってね。それで反感を買ってしまった。当然のことだよ。いったん信頼を失うと、信頼を回復するのは難しい。それでも、現地の士官や兵士たちはがんばってくれている」
エドモンドは、そう説明してからつけ加えた。
現在のソルダーニ皇国が軍を他国に遠征する場合、たいていどちらかの軍が赴く。その際、ソルダーニ皇国に残留するもう一軍から、軍監というか見張り役として部隊を派遣するらしい。
「そうだったのですね。それで、王族などはどうなって……」
「大広間の海の絵も感動しすぎたが、これは感動以上だな」
エドモンドに尋ねかけたささやきは、王太子殿下の涙声でかき消されてしまった。
「この三人は、皇太子殿下と将軍閣下とミオさんですよね?」
そして、テオドールも涙声になっている。
方向音痴だけでなく、感動屋というところも王太子殿下とテオドールはそっくりなのね。
「まるで、この大いなる景色を眺めているみたいです。目を閉じると頭の中にはっきりと浮かんできます。音やにおい、それから陽光の輝きなどを感じることが出来ます。ここに人の背を描くという手法もすごい。皇太子殿下と将軍とミオさんと、三人といっしょにこの壮大な景色を眺めているという錯覚を起こしてしまいます」
テオドールは、震える声で続ける。
「是非とも譲ってくれ、と頼み込んでも無理だよ、な?」
王太子殿下は、目尻にたまった涙を指先で拭った。
「ああ、悪いが絶対に無理だ。大豆ならどうにかなるが、この絵は絶対に譲れない」
「だろうな。じつは、サンドロにトラパーニ国に来ないかって誘ったんだ。家族も呼びよせればいいとな」
「なんだって?」
皇太子殿下は、王太子殿下のその告白に絶句した。エドモンドも驚き顔になっている。
「あの、そのことなのですが……」
そのとき、サンドロが一歩前に出ておずおずと切り出した。
「わたしは、王太子殿下に大変いい条件をご提示いただいて本当にうれしかったのです。わたしの絵をご理解いただき、感動いただいて……。ですが、わたしはやはり皇太子殿下の側で、このソルダーニ皇国で絵を描きたく思っています。皇太子殿下に、まだご恩返しも出来ておりませんので。ですが、王太子殿下と王子殿下には心より感謝申し上げます。絵のことを語り合えて、それだけで励みになりました」
サンドロがしどろもどろに誘いを断り、謝罪する姿を見ながら心から感動してしまった。
「サンドロ、謝罪は必要ない。断わられることはわかっていた。だが、将来いろいろな国でいろいろな景色を描きたい気持ちになったら、是非とも一番にトラパーニに来てくれ。もっとも、そのときおれはどうなっているかはわからんがな。しかし、おれがトラパーニにいるかぎりは歓待するよ」
「はい。かならずや」
サンドロは、ホッとした表情を浮かべている。
そして、皇太子殿下もである。
サンドロが誘いを断ったことが、うれしかったにちがいないわね。
彼は、やさしい表情でサンドロを見ている。
「この景色、おれも見てみたいものだ」
「ならば、お忍びで来るといい。歓迎するよ」
「ハハッ!それがそう簡単に出来ないことは、きみが一番よくわかっているだろう、ベルトランド?」
「そうだな」
王太子殿下も皇太子殿下も苦笑している。
「この絵を見せてもらえたんだ。満足しなければならないな。さあ、帰国の準備も進んでいるだろう」
王太子殿下は、そう言いながらも名残惜しそうに遠乗りの絵を見ている。
が、美形を左右に振り、テオドールをうながして絵に背を向け歩きはじめた。
皇宮の入口へと向かい、大廊下を歩いている。
テオドールとサンドロは、少し遅れてついてきている。
彼らは、別れを惜しんで再会を約束している。
二人はすっかり親友同士になっている。
絵が、二人を結び付けたのである。
そんなことをかんがえていると、王太子殿下が近づいてきた。
ドキリとしてしまった。
彼が何を言うのか、予想するまでもないからである。




