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決意あらたに

「やつらは、とにかく馬は鞭打てばいい。鞭を食らわせ、従わせ、走らせるだけでいい。そういう考え方なんだ。バラド軍は、戦闘になれば、いや、それどころか常習的に飼葉に薬物を混ぜている。馬を興奮させる薬物だ。バラド軍の馬は、馬体は鞭で傷だらけだし、薬物によって気性が荒く手に負えんようになっている。だから、バラド軍の馬の寿命は格段に短い。軍馬としての寿命じゃない。命そのものだ。馬たちは心身を蝕まれ、酷使に耐えきれずに心臓麻痺を起こしてしまう。わしは、それがどれだけ愚かな行為なのか訴えた。が、連中がそれをきくわけもない。それ以降、あのくそったれどもはわしを毛嫌いしているというわけだ」

「なんてこと……」


 ひどすぎる。ひどすぎて吐き気がしてきた。


「ミオ、わしのことですまない。やさしいおまえだ。自分のことよりわしのことで怒ってくれて、正直、うれしかった。だが、連中は性質たちが悪すぎる。競争となれな、確実に馬に薬物を投与するだろう」

「ぜったいに許せません。そんなこと、やめさせるべきです」


 と熱く口走ってしまったものの、わたしにそんなことが出来るわけもない。それどころか、改善を求めることすら出来ない。


 心身ともに傷ついている馬たちのことをかんがえると、ゾッとしてしまう。


「ああ、ミオ。その通りだ。わしも、どれだけ訴えたことか……」


 師匠の口惜しそうな表情。


 それを見て、よりいっそう怒りが増してしまう。


「手段を選ばんやつらだ。乗馬の腕だけなら、おまえが勝つに決まっているんだが……。汚いことをやり慣れている末弟を相手にすれば、おまえはもちろんのこと、おまえが乗る馬も危険になる」


 ハッとしてしまった。


 たしかにその通りだわ。


 彼らは、馬に危害を加えてくるかもしれない。


 馬を道具としてしか見ず、平気で虐待するような人たちですもの。


 わたしではなく、わたしの乗る馬を狙うかもしれない。


 それでもやはり、勝負から逃げることは出来ない。


 それに、証明するいい機会かもしれない。


 勝負に勝てば、師匠の調教の方が優れているということが証明出来る。


 正直なところ、たったいままで勝負に勝つ自信がなかった。もちろん、全力を尽くすつもりではあったけど、負けても仕方がないという気持ちがあった。


 師匠の話をきいて、これはもう宰相と皇太子殿下、宰相派と皇太子殿下派だけの問題じゃないと思いなおした。


 馬へのあつかい……。


 こちらの方が、派閥問題よりよほど重要である。


「師匠、この勝負に勝つことが出来れば、師匠の調教が優れているということが証明出来ますよね?バラド将軍たちの方が間違っていると、気がつかせることが出来ますよね?」

「たしかに、わしの調教法が愚かではないとは証明出来る。だが、それがそのままくそったれ三兄弟にそのことを理解させることになるのかどうかは懐疑的だな」

「将軍たちにはわからなくっても、彼らの部下たちには気がつかせられるかもしれません。多くの兵士たちの根っこの部分で小さな気付きが積み重なってゆけば、それらが芽を出すかもしれません」

「うーむ」


 師匠はしばらくかんがえていたけど、壁から背をはなしてこちらに歩いてきた。


「たしかに、おまえの言う通りかもしれない。わからせることが出来ないと思い込んで何もしないよりかは、どんなことでも試してみるべきだ。この勝負を受けて立ち、勝つべきだ。多くの馬の為にもな」


 無言でうなずいた。


「だったらミオ、完膚なきまでに叩きのめしてやれ。厩舎ここの警護をしてもらうよう、下の坊ちゃんに明日にでもさっそく相談してみる」

「そうですね。ぼくからも頼んでみます」

「それで、どの馬にする?」


 そうだわ。実際にどの馬で勝負するかよね?


 師匠と視線を合わせ、それから同時に見た先は……。


「ブルルルルル」


 バルドが力いっぱい鼻を鳴らした。


 そうよね。この異国生まれのやんちゃ坊主しかいないわよね。


「皇太子殿下に許可をいただかないといけませんよね」

「なあに、心配するな。上の坊ちゃんから、バルドに乗るよう言ってくるはずだ。なあ、バルド?くそったれな人間どもに、愚かであることを徹底的に思い知らせてやれ。ミオといっしょにな」


 師匠は、そう言ってバルドの鼻筋をなでた。


「頼むよ、バルド」


 わたしは、彼の額に自分のそれをくっつけた。


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