久しぶりに師匠に会う
「ミオッ!ミオじゃないか。どうしたんだ?おいっみんな、ミオが来てくれたぞ」
師匠のだみ声が飛んできたことで、いつの間にか森を抜け、厩舎に着いていたことに気がついた。
師匠が駆けてきて、わたしを抱きしめてくれた。
厩舎の中から、馬たちの鼻を鳴らす音や嘶きがきこえてくる。
ああ、落ち着くわ。
そもそも、ここでずっと師匠と馬たちとまったりすごせていたら、こんな思い煩う必要なんてなかったのよ。
自分の蒔いた種でありながら、そんな自分勝手なことを思ってしまう。
それとは別に、すくなくとも師匠はわたしが女性だということに気がついていないということを実感する。
師匠だったら、女性にこんなふうに抱きしめるなんてことはぜったいにしないはずだから。
「師匠、おかわりありませんか?」
「ああ、ああ、かわりはない」
「寝るときは、ちゃんと夜着に着替えていますか?」
「ああ、ああ、ちゃんと着替えている」
「下着は?ちゃんと毎日かえていますか?」
「ああ、ああ、ちゃんとかえている」
「歯磨きは?食事のたびにみがいていますか?」
「ああ、ああ、ちゃんと磨いている。というかミオ、死んだお袋みたいなことを言うんじゃない」
「ああ、すみません。つい」
師匠の熱い抱擁から解放された。同時に、思わず笑ってしまった。
いっしょにいたときは、ずいぶんと口うるさいお母さん化してしまっていたにちがいないわね。
『ブルルルル』
『ブヒヒヒン』
厩舎の中で馬たちが大騒ぎをしている。
「おっと。馬たちがお待ちかねだ。さぁミオ、みんなに会ってやってくれ」
わたしがこのソルダーニ皇国にやってきたきっかけをつくった黒馬のバルドをはじめ、ガイアやリコ、その他の馬たちに挨拶をした。
癒される。ほんっとうに最高だわ。
わたしは、やはり人間相手より馬たちを相手にしたりいっしょにすごす方がずっとずっといい。
「パオロからいろいろきいているんだ」
「パオロさんから?」
バルドの鼻面をなでながら、師匠を見た。彼は、馬房の壁にもたれている。
「ああ、定期的に伝えに来てくれるんだ。律儀な男だよ。ミオ、大活躍しているそうじゃないか。わしも鼻が高いよ。ついでに、馬たちは鼻が長いらしい」
師匠の冗談に、バルドと顔を見合わせて大笑いしてしまった。
「大活躍だなんて……。とにかく、自分に出来ることを一生懸命しているだけです」
「おまえらしいな。それで、急にどうしたんだ?」
「今朝は、はやく目が覚めてしまいまして。師匠やみんなに会いたくなったんです。急におしかけてすみません」
「何を言っている。ここは、おまえの実家みたいなもんだ。いつだって帰ってきてくれていい。遠慮などいらん。なぁ、バルド?」
「ブルルルル」
「師匠、バルド……」
師匠のやさしすぎる言葉に、つい涙が出そうになった。だから、それをごまかすために、バルドの鼻面に自分の額をこすりつけた。
「もしかして、くそったれのバラド三兄弟との勝負のことか?」
「え?そんなことまでご存知なのですか?」
「もちろんだ。パオロからきいた。ミオ、うれしかったよ。わしのことで怒り狂ってくれて。実は、使節団が帰国したらおまえに会いにいくつもりだったんだ」
パオロ……。
師匠に様子を伝えてくれるのはうれしいんだけど、そこは空気を読んでほしいものだわ。
「実はな……」
師匠は、彼が表現するところの『くそったれのバラド三兄弟』が、どうして彼のことを毛嫌いするようになったのかという事情を語ってくれた。
以前、馬の調教では皇国一、いえ、近隣諸国でも名高い師匠が、バラド三兄弟に馬の調教を頼まれたことがあったらしい。宰相を通じ、『バラド軍の馬の調教をしてほしい』、と。当時、エドモンドはまだ将軍ではなかった。師匠は、皇族に所縁のある別の将軍の軍の馬の調教をしていたらしい。
師匠は、当時から皇族派だった。だけど、馬の調教と言われれば断るわけにもいかずに引き受けることにした。
が、師匠はバラド軍の馬のあつかいのひどさを目の当たりにし、ショックを受けた。即座に断ろうとしたが、いったん引き受けた以上即座に断るわけにもいかず、渋々調教を開始した。
しかし、調教はすぐに終了した。
馬と信頼関係を結んでから人間を乗せる馬にするというよりかは、人間が乗せてもらうための馬を育てるという師匠の調教方法を、バラド三兄弟が気に入らなかったからである。




