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いろんな意味でドキドキ

「そうそう。さっき言いかけたことだけど……。わたしたちは、ソルダーノ皇国の軍人でね。この国には、ちょっとした秘密の任務で来ているんだ」

「任務、ですか?」

「ああ、人探しだよ。地味な任務だし、結局、探しだせなかったけどね」

「それが問題なのです。任務は失敗。そのくせ、あなたは高価すぎる買い物をされた。嫌味の一つ二つは覚悟なさった方がいいでしょうね」

「三頭の内一頭を献上するさ。これだけ立派な馬だ。納得してくれるはずだろう。その為にも、ミオにはぜひとも協力してもらわねば」


 エドモンドは、わたしの隣で意気込んでいる。


 なんてことなのかしら?


 よりによって、ソルダーノ皇国の軍人?


 バレたら?一巻の終わりよね。


 でも、いまここで彼の申し出を断るのは不自然すぎる。


 それに、懐に入ってしまった方が意外と見つからないかもしれない。ソルダーノ皇国も、まさかわたしが自国にいるなんて想像しないでしょうし。


 時間が経てば、諦めるかもしれないし。


 ようはバレなきゃいいわけなんだし。


「わかりました。ぼくに出来ることは、精一杯させていただきます」


 決意すると、そう答えていた。


 ひとしきり話をした後、休むことになった。


「ミオ、きみはわたしとこっちのテントで眠るといい」


 エドモンドは、そう言って二つあるうちの一つを指さした。


「ええっ?」


 ちょっ、ちょっと、彼と二人でテントに?


「心配しなくってもいい。一応、こいつは二人用だ。朝は冷えるが、このテントは防寒仕様だから寒さをしのげる」


 いえ、エドモンド。そこじゃないのよ。


「リベリオとモレノが歩哨役、つまり交代で見張りをしてくれる。ぐっすり眠れるはずだ。きみも、なんだ、せっかくだ。なんの心配も気兼ねもせず、ゆっくり眠るといい」

「あ、ありがとうございます」


 一応、お礼は言ったものの、内心ではまたドキドキしはじめている。


 気兼ねもせずって、しないわけにはいかないわ。

 こんなに若くって美形の横で、どうして眠れるっていうの?


 ドキドキしながらテントの中に入ってみると、たしかに男性二人が横になって眠れるだけの空間がある。風を通すこともなく、小さなランプがぶら下がっていて、機能的に出来ている。


 寝袋が二つ、準備されている。


 その内の一つに入り込んだ。


 あ、眼鏡をはずさなきゃ。


 潰してしまう前に、眼鏡をはずして頭の上に置いた。


「へー、けっこう可愛いんだ」


 悲鳴を上げそうになって、思わず呑み込んだ。


 エドモンドがおおいかぶさるようにして、わたしの顔をのぞきこんでいる。


「視力、そんなに悪いの?」


 ドキドキどころか、いまや心臓はいつ止まってしまってもおかしくないほど飛び跳ねている。それこそ、口から飛び出すんじゃないかというくらい。


「え?視力?そ、そうですね。あ、いえ。そこまで悪くありません。なくっても見えないことは……」

「リベリオは眼鏡をかけているけど、そんなに悪くないんだよ。眼鏡を取ると、より一層顔がよく見えるから、レディがほっとかないらしくってね。それに、眼鏡をかけていた方が知的に見える。だからかけているらしい。かわったやつだよ。ランプ、消していいかな?」

「は?は、はい」


 エドモンドがランプを消すと、テントの中は当然暗くなった。


 森の中にいる夜行性の動物か何かが立てたり唸ったり鳴いたりする音とかすかな風の音が、耳に痛いくらいである。


 心臓の鼓動が彼にきこえやしないかと、心配になる。


 寝袋の中にはいっているとはいえ、男性と並んで寝転がっている。


 いくらなんでも、これは刺激的すぎる。


 彼にしてみれば、わたしは同性であって、だから、並んで寝ようが重なって寝ようが別に気にする必要もないわけで……。


 わたしってば、いったいなにを言っているの?


 緊張しすぎて気分が悪くなってきた。


 これだったら、野ざらし状態の方がよほどよく眠れそう。


 そうだわ。何か話をすればいいかも。


「あの……。さきほど、人を捜していて見つからなかった、と。だれをお捜しなんですか?」


 目が暗さに慣れてきた。


 ぶら下がっているランプがぼーっと浮かび上がっている。


 かすかに揺れているのは、隙間から風が入っているからかしら?

 でも、さっき防寒仕様になっているって言っていたわよね。


 その揺れに出来るだけ意識を集中した。


「ああ、きみはまったく知らないレディだよ」


 ややあって、ちょっと眠たげな彼の声がきこえてきた。


 レディ……。


 嫌な予感しかしないんですけど。


「タルキ国の王女だよ。サラボ王国の王太子に嫁いだときいていたんだが……。探りを入れたら、どうも王宮にはいないらしい。貴族に下賜されたらしくってね。でっ、その貴族に会ったんだが……」

「貴族に会ったんですか?」


 やはり、彼らの捜し人はわたしだった。しかも、男爵に会ったですって?


「えっ?急に大きな声をだして、いったいどうしたんだい?」

「す、すみません。あるじが貴族だったもので、貴族ときいたらつい」

「そこは、もう気にするなよ。きみはもう、わたしが雇った馬丁なんだ。何があっても、きみに危害を加えさせないし、ましてや渡すことなどぜったいにしないから」


 彼がこちらを向いたのが感じられる。


 お願い。わたしを見ないで。ますます緊張してしまう。


「それが、何とかという伯爵だったんだが……」

「伯爵?伯爵なんですか?」

「会ったのは伯爵だったんだが、結局ちがっていた。人違いってやつだ。どうもニセの情報をつかまされたみたいだ。明後日の夜までには国に戻らなければならない。これ以上は、捜すことが難しい。だから、任務は失敗ってわけ。あらためて、人をやるしかないね」

「そ、それは残念ですね」


 ホッとした。とりあえず、彼らの中ではわたしはまだサラボ王国の貴族のところにいることになっている。


「まぁわたしとしては、王女などより駿馬が手に入ったことの方がよほどうれしいけどね」


 馬好きの彼らしいと言えばそうなんでしょう。


 でも、わたしは彼にとって馬より価値も興味もないということなのね。


 そう思うと、なぜか微妙な気持ちになる。


 でもやはり、いまのところはなんとか大丈夫みたいよね。


 あらためてホッとした。


 ホッとしたら、急に眠くなってしまった。


 睨みつけている頭上のランプの揺れが、余計に眠気を催してくる。


 余計に眠気を……。


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