兄弟そろって美術好き
「これもどうぞ」
冷たく冷やしたタオルを差し出すと、テオドールはお礼を言ってから顔や上半身を拭いた。それから手を止め、脱ぎ捨てているシャツやタキシード、大量の布に目を向けた。
「あの、もういいのではないでしょうか?すくなくとも、皇太子殿下や将軍閣下は事情を知ってとやかく仰るようなことはありませんので」
「そうですよね」
彼ははにかんだ笑みを浮かべると、シャツとタキシードを着用した。
「ご気分はいかがですか?」
「お蔭様で、よくなりました」
「いかがでしょうか、会食が終わるまでこちらにいらっしゃっては。よろしければ、こちらにお食事を運びます」
「気をつかっていただいて申し訳ありません。お言葉に甘えさせていただきます」
というわけで、厨房に行ってパンやスープ、果物を二人分準備し、彼と客間ですごすことにした。
「兄が無礼なものの言い方をして申し訳ありません。皇太子殿下が忍耐強い方でよかった」
「そんなことありませんよ」
「あんな兄でも、ぼくにとっては頼もしくてやさしい兄なんです。幼いころに母を亡くして以降、兄はわたしを他の王子たちや正妃、側妃たち、文官や使用人たちから守ってくれています」
なんてこと。
皇太子殿下とエドワードとまったく同じ境遇だわ。
それをかんがえれば、わたしたち兄妹はしあわせな子ども時代をすごしている。
「ご馳走さまでした。とっても美味しかったです。お腹がいっぱいになりました」
彼は、ずいぶんと食が細いのね。たったあれだけの量でお腹がいっぱいって……。
それとも、わたしに気をつかっているのかしら?
「それにしても、ここは美術品が多いですよね」
彼は、立ち上がって美術品を見始めた。
「テオドール様も王太子殿下同様美術がお好きなんですね」
「ええ。好き、ということでしたら、兄には負けません。じつは、ぼくたちの母が絵を描いていたんです。あ、もちろん趣味程度です。とてもやさしい絵で、ぼくらは大好きでした。だから、ぼくらも自然と絵を描くようになりました。ですが、ぼくは才能がなくって……。それでも諦めきれず、いまだに描かせてもらっています。一応、兄の側近ということにはなっていますが、ずっと描き続けています。兄のお蔭で、好きなことをさせてもらっているんです。だからこそ、せめてこんなときくらい、役に立ちたかったのに……」
お、重い。話が重すぎる。
でも、いい話にかわりはないわよね。
「それでしたら、大広間の絵をご覧になりませんか?」
「海の絵、ですよね?兄からきいています。是非拝見させてください」
彼はそう言いつつ、すでに客間の扉を開けている。
「ミオさん、はやくはやく」
そして、わたしが長椅子から立ち上がるまでに彼は廊下に飛びだしていた。
「テオドール様、そちらではありません。こちらです」
この客間の前を通り、大広間と客殿の間を行ったり来たりしているのに……。
「あ、すみません。ぼくは、救いようのない方向音痴なのです」
やっぱり……。
そこは、兄である王太子殿下とおなじなのね。
大広間へと向かっていると、彼もまた大廊下の美術品を見ている。
王太子殿下とそっくり。
正直なところ、彼の顔は王太子殿下のように派手に美しいというわけではない。どちらかといえば、美しいというよりかは可愛いい感じである。
でも、雰囲気はそっくりだわ。
「ミオさーん」
大廊下の向こう側から呼びかけてきたのは、なんとなんとサンドロじゃない。
この偶然に、神様に感謝したくなってしまった。
「サンドロさん。勤務、じゃないですよね?」
近衛兵の恰好じゃないから、勤務中なわけはないわよね。彼は、元は白いシャツだったであろうシャツと黒いズボン姿である。
白色だったはずのシャツは、色とりどりの絵具がついていて洗濯をしても取れない、そんなシャツに変化してしまっている。
「ええ。トラパーニ国の使節団を迎える忙しい時期は承知しているんですが、例の絵が完成間近だったのでまとめて休暇を取っていたんです。いまは、とりあえず夕食を食べて来いと先生に叱られて、寮に戻るところです」
「ちょうどよかった。夕食、ちょっと遅れてもいいですか?」
「え?かまいませんけど」
「テオドール様。こちらは、いまからご案内する絵を描いたサンドロ・ファラーチさんです。サンドロさん、こちらはトラパーニ国の王子殿下のテオドール・モランド様です」
紹介すると、どちらも驚いた表情になった。




