じつは、身代わりなんです
「あの、殿下。不躾ですが、ご気分でも悪いのではありませんか?」
気になって仕方がない。勇気を出してもう一度声をかけてみた。
すると、第一王子は小さくうなずいた。
「それでしたら、おやすみなった方がいいでしょう」
慌てちゃダメ。冷静を心がけつつ、隣で皇太子殿下たちの会話に耳を傾けているパオロに席を外す胸を伝え、出来るだけこっそり立ち上がってテーブルをまわって第一王子に近づいた。
「王子殿下のご気分がすぐれないようですので、客間でおやすみいただきます」
彼の側近たちにそっと声をかけてみたが、二人ともこちらをにらみつけただけで、とくに動こうとしない。
だから、第一王子を立たせて寄り添い、扉へと向かった。
背中に視線を感じたので首だけ巡らせると、王太子殿下が気遣わし気にこちらを見ている。それから、皇太子殿下も。
かすかにうなずいて見せてから、第一王子とともに食堂を後にした。
客間はこじんまりしている。
これは、客人に緊張をせずくつろいでもらうための配慮である。
長椅子に横たえさせようと体に触れて驚いた。
やけにふわふわなのである。
お肉?贅肉ってここまでふわっふわなの?っていうか、モフモフ?
失礼だと思い、なるべく表情には出さないようにした。
彼は、わたしのなすがままになっている。
「冷たいお水とタオルをお持ちします。体も気もラクになさってください」
彼が小さくうなずいたのを確認し、客間を出た。
冷たい水をくみ、水でタオルを冷やし、それらをトレイにのせて客間に戻る途中、心配して見に来てくれた執事長に会った。
「念のため、これを持って行くといい。薬じゃない。ハッカだよ。なめるとすっきりする。眠気なんかもぶっとぶから、常用しているんだ」
「それ、いいですね。ぼくにももらえますか?」
「だったら、明日にでもまとめて渡すよ」
「お願いします」
袋に入っているそれは、親指の先ほどのキャンディーである。
においを嗅ぐと、なるほど、鼻にツンとくる。
それもトレイにのせ、急いで客間へと戻った。
「キャッ!」
客間の扉を開けた瞬間、思わず悲鳴を上げてしまった。
だって、第一王子が長椅子の上で上半身裸になっているんですもの。
彼もわたしの悲鳴に驚いたみたい。
「ど、どうされたのです……、か?」
客間に入って上半身裸の彼を見、さらに驚いてしまった。
ずいぶんと痩せているのである。
この一瞬でげっそり痩せるなんてことある?それこそ、魔術の類だわ。そんな瘦身方法があるんなら、世のぽっちゃり系のご令嬢はみんな試しているでしょう。
「あの、扉、閉めてもらえますか?」
「あ、ああ、す、すみません」
彼に言われ、慌てて扉を閉めた。
「あ、あの、だましてすみません。ぼくは、第一王子じゃないんです。身代わりです。ぼくは、テオドール・モランド。王太子ランベール・モランドの同腹の弟です」
「ああ、それで……」
彼の黒髪とブラウンの瞳が、これで納得が出来た。
彼は、いきさつを話してくれた。
第一王子は、使節団の一人として随行することを拒んだ。しかも、当日にである。
その直前に王太子が決定したのである。いまさら、異国に行って面倒な外交をしたって仕方がない。勝手に行って来い、と言ったらしい。
だが、第一王子が行くということはソルダーニ皇国に通達してある。いまさら行きませんというわけにはいかない。
「兄も『第一王子の不在は病気とか、国事とか、適当に理由を言えばいい。どうせ居てもぼーっとしているだけだし、わが国の恥をさらす必要がなくて好都合だ』と。しかし、やはり国としてはそういういいかげんなことは……。だから、ぼくがなりすますことにしたんです。服の中に布をいっぱい詰め込んで。第一王子たちの側近たちは、馬車の中にいるのが第一王子だとばかり思ってここまでやってきたわけです。だから、第一王子が国に残っていてぼくだと気がついた途端……」
「ああ、それで……」
バカみたいに同じ反応しか出来ない。
どうりであの態度よね。
それにしても、なんて律儀で真面目な人なんでしょう。
「ですが、このていたらくです。慣れないもので緊張しすぎて気分が悪くなってしまって。あなたには迷惑をかけるわ、結局バラしてしまうわ。こんなことなら、兄上の言う通りにしておけばよかった」
しょげている彼に、とりあえずコップのお水を差しだした。
彼はそれをいっきに飲んでしまった。
まぁ、あれだけしゃべったんですもの。喉も乾くわよね。
でも、これだけしゃべれると言うことは、すくなくとも少しは気分がよくなったっていうことよね。




