大豆と乗馬
「大豆が一粒も流れていないのでしたら、トラパーニ国としたらどんな手段を使ってでも入手したいでしょう。それこそ、喉から手がでるほど欲しいでしょうから」
「軍事力を使っても、かな?」
「エドモンド様、それも考慮しているでしょう。明日の会談しだいかと。このことを宰相がお気づきになれば、足許を見るにちがいありません。なにかしらの条件をつけて高く売りさばくのではないでしょうか」
自分でそう言いながら、おかしな話だと思った。
ソルダー二皇国は仲介業者でもなんでもないのに、タルキ国の人々が汗水流して育てた大豆を政治の道具として使おうとしている。
これが侵略された国の末路だとしたら、タルキ国の人々に申し訳なくなる。
「殿下、あとは殿下のお考えしだいです」
大豆を食べる習慣のないソルダーニ皇国の上流階級である。いま、大豆は保管されているだけでどこの国の流通にもでまわっていない。
だからこそ、この国の街の人たちにも入手困難な状況に陥っているのである。そのため、今回の宴で使用する大豆は、はるか遠方の国の商人から高値で入手するしかなかった。
皇太子殿下には、タルキ国にとってもトラパーニ国にとってもソルダーに皇国にとっても、そして、大豆にとっても、いい結論にいたる解決方法を導きだしてもらいたい。
「わかった。ミオ、ありがとう。一夜、じっくりかんがえてみる」
皇太子殿下なら大丈夫よね。
自分にそう言いきかせた。
「あ、そうそう」
解散、という段になって、リベリオが言いだした。
宰相派の将軍クレマン・バラドと弟たちとの例の乗馬の勝負のことを、である。
「そんなバカげた勝負、ミオにさせられるものか。リベリオ、どうして止めなかったんだ?」
「エドモンド様、リベリオさんはわたしのかわりにご自身が相手をする、とおっしゃってくださったんです。ですが、彼らは最初からぼくしか目にありません。ぼくなら確実に勝てると算段していますから。宴で宰相に恥をかかせたのが悪かったのです。ぼくの非です。自分で蒔いた種です。自分で刈り取ります」
「ミオ、だめだ。バラド兄弟の三男は、乗馬がそこそこ出来る。それだけならきみのほうが有利だが、あのバカは勝つためには手段を選ばん。それこそ、ケガだけでは済まなくなる可能性だって充分ある」
「エドモンド様、そのことはリベリオさんからきいています。結局、彼らは非力なぼくを負かすことで殿下とエドモンド様に恥をかかせたいだけなのです。乗馬での勝負を断っても、ほかで仕掛けてくるのは目に見えています。それなら、まだ勝てる可能性のある乗馬の方がぼく的にはやりやすい」
「だめだ、ミオ。きみはわたしの側近であって、危険な賭け事に挑む勝負師じゃない」
「殿下……」
「エドモンド、おまえから断わってくれ。わたしが勝負には応じない、と言ってくれていい。つまらない挑発にのってミオに大ケガをさせることを思えば、誹謗中傷などなんともない。それに、そんなものは慣れているからな」
「だったら、兄上ではなくわたしがということにします。兄上は、この件は一切知らない。わたしの一存でということにしておきます。軍の中でとどめておきますよ」
「連中、ファビオ公のことをバカにしたらしく、ミオはそれに腹を立てて勝負を受けたんです」
リベリオが言った。
「す、すみません」
この場にいる全員に注目され、ついちっちゃくなってしまった。
あ、もともとちっちゃいわよね。
「自分のことをとやかく言われるのは気にならないんですが、師匠のことや調教師の仕事のことや馬のことを言われてついかっとなってしまいました」
「殿下。彼の言う通り、ここで断って恥をかいたとしても、彼らはちがう方法で挑んでくるでしょう。その都度突っぱねたとすれば、連中は強硬手段に出かねません。それこそ、ミオの身が危なくなります。いかがでしょうか?いっそミオに勝負をやってもらっては。彼らの第一軍、そしてこちらの第二軍、多くの兵卒に観覧させるのです。そうなれば、「狂戦士」も迂闊に汚い真似は出来ないでしょう。そんなことをしようものなら、バラド家はいい笑いものですからね。軍人でもない非力なミオを怖れ、汚い真似をしたと非難されて」
「パオロの言う通りかと。ミオの乗馬の腕前と才覚なら、たとえ三兄弟のバカが汚い真似をしようが、なんなくやりすごせます」
あの……。
パオロとリベリオがわたしを擁護してくれるのはうれしいんだけど、かいかぶりすぎじゃないかしら。それに、いったいどういう根拠があってこのピンチが切り抜けられると確信をしているのかしら?




