兄上、最近ひどくないですか?
「王太子殿下っ!そちらは壁だけですよ。扉はこちらです。王太子殿下、客殿までお送りします」
思わず彼の後を追いながら叫んでいた。
「ミオ、きみは本当にやさしいなぁ。では、お言葉に甘えて……」
「だめだっ!」
うしろで皇太子殿下が怒鳴った。
「殿下、王太子殿下は方向音痴だそうで……」
「だとしても、送るなんてことは皇太子の側近のすることではない。そうだ。エドモンド、おまえが送って来い」
「はあ?」
「はい?」
「なんだって?」
皇太子殿下の命令に、エドモンドと王太子殿下と三人で絶句した。
送るということが皇太子の側近にふさわしくないのだとすれば、将軍であるエドモンドのほうがもっとふさわしくないと思うのですが。
「兄上、どういう思考をしていればそんな無茶苦茶な命令になるのです?ったくもう、だったら……」
エドモンドが近づいてきて、わたしの腕をつかんだ。と言っても、やさしくだけど。
「さあっ王太子殿下、参りましょう。客殿までお送りします。彼とわたしでね」
「なんだと、エドモンド?ミオは必要ないだろう?」
「客殿は、めったに行きませんからね。わたしも迷子になってしまいます」
「バカなことを……。だったら、わたしが行く。エドモンド、おまえはもういい。必要ない」
「はああああ?兄上こそバカなことを。それに、兄上こそ必要ありません。だよな、ミオ?」
いいえ……。
正直、皇太子殿下もエドモンドも必要ないのですけど。
「でしたら、殿下とエドモンド様とぼくと三人で王太子殿下をお送りしましょう。ねっ?」
「いやー、おれとしては、ミオだけで充分なんだが……」
「きみはだまれ、ランベール。そもそも、いい大人が迷うってなんだ?」
「ちぇっ、おれはこれでもきみのゲストだぞ、ベルトランド」
「招かざるゲストってやつだ」
「なんだと、エドモンド」
「もうっ!三人ともおやめください。せっかくなんです。仲良く行きましょう」
そうよ。ちがう国の次期皇帝と国王、それから将軍というそれぞれの国の頂点に立つ人たちなんですもの。こんな機会は二度とないかもしれない。
だったら、友好的かつ穏やかにすごすべきだわ。
「す、すまない」
「すまない」
「いやー、悪かったよ」
「では、参りましょう」
シュンとしている三人の背を押し、客殿へ向かった。
王太子殿下を送って皇太子殿下の執務室に戻ると、パオロとリベリオがカンカンに怒っていた。
「てっきり隣国の皇宮にでも捜しに行ったのかと思いましたよ」
「リベリオの言う通りです。ミオを捜しに行って、殿下も閣下も戻ってこないなんてどういうことなんですか?」
「パオロさんもリベリオさんも、申し訳ありません。ぼくのせいなんです」
「ミオ、きみはいいんだ。どうせ息抜きをしたかっただけでしょう?」
「悪かった。すべてエドモンドのせいだ」
「はああああ?兄上。最近、ひどくないですか?」
そんなやりとりの後、打ち合わせを行った。
明日の会談について、のである。
「宴の際に気がついたことがあるんです。申し訳ありません。もっと早くに気がつくべきだったのですが……」
そう前置きをしてから、今回のトラパーニ国の訪問の目的を説明した。
「宴でも説明したとおり、トラパーニ国の主食は大豆です。もちろん、小麦の消費もですが。大豆の方が重要です。なぜなら、大豆を生産している国は、小麦を生産している国よりずっと少ないからです。殿下、殿下はもうお気づきですよね?この辺りで大豆を生産しているのは……」
「タルキ国だ」
パオロが言うと、エドモンドもリベリオもはっとした表情になった。
「なるほど。宰相がタルキ国から他国へあらゆる生産物の輸出を停止してしまっているからな」
リベリオが苦々しく言った。
「トラパーニ国にとっては、それは死活問題です。大豆だけではありません。小麦もおそらく八割はタルキ国に頼っているはずです」
厳密には、わたしの祖国タルキ国は、二束三文で大豆と小麦をおさめさせられていた。
お兄様やお姉様たちが人質を取られていたのは、軍事的な介入だけでなく農産物のこともあったからである。
他国に売る分もトラパーニ国におさめろ、というわけである。
だけど、わたしたちもそれでは国として成り立たない。実際のところは、仲介業者を経て売っていた。




