王太子と皇太子と将軍
昨夜見た例の遠乗りの絵が最高すぎて、もしかしてこの絵は最初に見たときより感動が薄れているかと思った。
が、それは杞憂だった。
こちらはこちらですごい。またしても感動である。
最初に見たときの感動は、けっして色褪せてはいない。
いいえ。昨夜のあの絵と相まって、最初のときよりいっそう感動してしまう。
感動に浸りながら、サンドロのことがうらやましくなった。
これだけ他人に感動を与えられてなんて……。
わたしも、どんなことでもいいからそんな才能が欲しいわ。
あっ、いけない。
わたし一人じゃなかったんだった。
ハッとして王太子殿下の方を見ると、彼はグズグズと鼻をすすり上げ、大泣きしながら絵を見ている。
正直、ちょっとひいてしまった。
いくら感動屋といっても、ここまで泣く?
彼は日頃、どちらかといえば男らしいので、この差の激しさにどうしていいかわからなくなってしまう。
「ああ、ああ、みっともないな。ミオ、そうひかないでくれ。感動してしまうと、自分でもどうしようもなくなってしまう。こんな素晴らしい絵ははじめてだ。ここにやって来てよかった」
いえ。本来の目的とはまったくちがいますよね?
そう言いかけだけど、せっかく感動しているんですもの。水をさすのも無粋よね。
そんな彼を見ながら、一瞬、例の遠乗りの絵を見てもらったらどうなるんだろうって思った。
反応はともかく、この絵を気に入ってくれたのである。
あの絵も見てもらいたい。感じてもらいたい。
だけど、あの絵はまだ描いたサンドロや宮廷付きの画家の先生以外には、皇太子殿下とエドモンドとわたししか見ていない。
そもそも、皇太子殿下があの絵をどうするつもりかわからない。
勝手に見せることは出来ない。ちゃんと皇太子殿下とサンドロに許可をもらわないと。
「描いた画家に会ってみたいな」
「わかりました。ご要望にそえるかはお約束出来ませんが、確認してみます」
サンドロ自身は近衛隊に所属していて皇太子殿下付きになっている。
それもまた、皇太子殿下に許可をいただく必要がある。
そのとき、大広間の大扉が開き、閉じた気配を感じた。
「ミオ、ここにいるのか?」
皇太子殿下?
ああ、忘れていた。打ち合わせをしに執務室に行かなければならなかったんだった。
「こ、皇太子殿下」
応じた声は、女の子みたいなソプラノになっていた。
「ほら、兄上。光が漏れていたから、ミオはきっとここにいると言ったでしょう?」
嘘……。エドモンド様まで?
「うわっ!まずい」
王太子殿下は、タキシードの袖で目をこすりはじめた。
と認識するよりもはやく、皇太子殿下とエドモンドが円柱の蔭から姿をあらわした。
彼らもまた、宴のときの恰好のままである。つまり、皇太子殿下はタキシード、エドモンドは士官服姿というわけ。
「ランベール?ここで何をしているんだ」
二人は、王太子殿下とわたしの間に立った。
エドモンドがわたしの腕をつかむと、自分のうしろへとひっぱった。
「というよりかは、何を泣いているんだ?まさか、ミオがきみを泣かした、とか?」
「殿下、そんなわけありません」
「ミオ、兄上は冗談を言ったんだ」
あり得ないことを言う皇太子殿下に、思わず否定してしまった。すると、エドモンドに冷静な口調で言われてしまった。
冗談、ね。そのわりには、すっごく真面目な表情なんですけど。
「ミオ。きみがなかなか来ないから、また小川で足でも滑らしたのでは、と思って捜しに来たんだ」
「兄上、嫌味はやめてください」
「殿下、申し訳ありません」
エドモンドとかぶってしまった。
「悪い悪い。おれが彼に絵を見せて欲しいって頼んだんだ」
涙を拭き終わった王太子殿下が、こちらに手を伸ばそうとした。が、その前にエドモンドが立ちはだかってしまった。
「王太子殿下。皇宮内の美術品をすべて鑑賞するなら、今回の滞在くらいなら到底無理ですよ」
「エドモンドの言う通りだ。ランベール、鑑賞したいならわたしが案内しよう」
「おいおい、ベルトランド、エドモンド。二人とも、そんなに怖い顔をするなよ。嘘じゃない。探ってるとかじゃないから。なぁ、ミオ?」
「そうなんです。殿下、エドモンド様、王太子殿下は絵がお好きなのです」
「ミオ、わかっている。彼が探っているなどとは思ってはいない。そこじゃないんだ」
「だったらなんなのです、殿下?」
「ミオ、もういい。ランベール、絵は堪能したか?」
「あ、ああ。もう戻るよ」
王太子殿下は、肩をすくめると歩きだした。
なぜか扉とはまったくちがう方向へ。




