葡萄酒
「ということは、エドモンドさんたちは、どちらからいらっしゃっているんですか?」
このサラボ王国の近隣諸国かしら?
「すまない。つい先走ってしまって。先に言っておくべきだったね」
エドモンドは、そう言ってからやわらかい笑みを浮かべた。
『グーッ』
なんてことなの。その瞬間、お腹の虫がさわぎはじめた。
三人だけでなく、馬たちまで目をまん丸にして注目している。
「アハハッ!す、すみません。何も食べていないもので」
「これは、配慮が足りずに悪かった。きみに平気で暴力をふるうような奴が、充分食わせてくれるわけはないよな」
エドモンドが言っていると、モレノが馬車に行って紙袋を二つ持ってきた。
「この茂みの向こうで夜営出来そうです」
「じゃあ、ここで野営をすることにしよう」
「了解。すぐに準備します」
エドモンドが指示をすると、リベリオも馬車の方に行き、馬車を移動しはじめた。
「じつは、馬に金を使ってしまって……。いい物はないんだが、焼き立てだったパンとチーズだ。夜営の準備が終わるまで、食っていてくれ。わたしも手伝ってくるから」
「ありがとうございます」
エドモンドは、紙袋を胸元に手伝いに行ってしまった。
一つは軽く、もう一つは重い。紙袋を開けると、一つはパンがいっぱい入っている。もう一つには、チーズと葡萄酒が入っている。
パンのいい香りが鼻腔をくすぐると、もう我慢が出来なくなった。
紙袋を抱えたまま、どうにかパンを一個ひっぱりだして思いっきりかじりついた。
パンって、こんなにやわらかかったかしら?
しばらくの間かたくてかび臭いパンしか食べていなかったので、こんなにふんわりしていてやわらかいパンがこの世に存在するんだって、単純に驚いてしまう。
おいしすぎる。
無我夢中で食べてしまった。
「お待たせーっ……、おいおい、いくらなんでも食いすぎじゃないのか?」
「ああーっ、わたしのパンが」
エドモンドの呆れ返ったような声と、モレノの嘆きの叫びでやっとわれに返った。
紙袋の中にあんなに入っていたはずのパンが、半分以上減っている。
「モレノ、だいたいきみのパンじゃないだろう?わたしたちのパンだ。それに、パンくらいでウダウダ言うなよ。みっともない」
「リベリオ、食うより飲む方が好きなきみとは違うんだ」
「あの、すみません。モレノさん、おいしくってつい」
「気にするな。それだけ食えるんだ。元気な証拠だ。ある意味よかったよ。モレノ、残りのパンはやるから、そんなに嘆くな。ほら、おれたちもすませてしまおう」
エドモンド……。
彼は、なんてやさしいんでしょう。
三頭の馬の手綱を握り、彼らについて行った。
てっきり地面に毛布でも敷いているだけかと思った。
小ぶりのテントが二つ並んでいる。
その前には、焚き火が設えてある。小さな炎が、夜空に向かって伸びたり揺らめいたりしている。
それを見て、すぐにピンときた。
さっき、かれらは『ヤエイ』と言わなかったかしら?ふつうは野宿よね?
テントを焚き火を、あっという間に設えてしまう手際のよさ……。
もしかして、軍人?
四人で焚き火を囲んで座った。
胡坐をかくのを忘れない。
エドモンドたちは、わたしの食べ残りのパンとチーズを食べはじめ、葡萄酒を瓶ごと回し飲みしている。
量が足りないのね。モレノは、しょんぼりしている。
本当に悪いことをしてしまった。
「わたしたちもひと心地ついた。葡萄酒、なかなかのものじゃないか?」
「あなたの舌は、どうなっているのです?これだけ豊潤な味わいの葡萄酒が、サラボ王国で生産出来るとお思いですか?ラベルをご覧ください」
「悪かったな」
リベリオに指摘され、エドモンドはラベルを見てからわたしに回してきた。
「きみも飲んでみろよ」
瓶を手にとり、その口を見下ろした。
同じ口から飲むの?それって、間接的に口づけしているようなものよね?
ちょっとドキドキしてしまう。
「もしかして、飲めないとか?男子たるもの、酒を制してこそだよ」
小さな炎の向こうで、知的な美形のリベリオがこちらを見ている。
ちがうのよ。飲めるのは飲めるの。その飲み方に問題があるわけで……。
でも、飲まなきゃ。
だって、男子なんですもの。
ドキドキが、ますますドキドキする。
「いえ、飲めます」
笑ったつもりだけど、ひきつった笑みにしか見えなかったわよね。
おそるおそる瓶の口に唇をつけた。
久しぶりに嗅ぐ葡萄酒の匂い。
これだけで酔ってしまいそう。
瓶を傾け、葡萄酒を口に注ぎ込んだ。
「リベリオ、たしかにきみの言う通りだ。この葡萄酒が、わが国ソルダーノ皇国のものだとはな」
そのタイミングで、エドモンドがさきほどのリベリオの言葉に答えた。
いま、なんて?
その内容を理解した途端……。
「ブホッ!」
「おい、どうした?」
「大丈夫か?」
「あーあ、もったいない」
口の中にある葡萄酒を、盛大にふいてしまった。
エドモンドとモレノが、すぐにハンカチを差しだしてくれた。
「だ、大丈夫、ゴホッ、ゴホッ、だ、大丈夫です。き、器官に入ってしまって……」
二人のハンカチでシャツをふいた。
そして、落ち着くとエドモンドが言いだした。