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王太子殿下は方向音痴

「それで、ここで何をされていたんです?お疲れでしょう?そうそう話はかわりますが、どうして夜市にいらっしゃったんです?」

「簡単な話さ。おれは外交や使節団として異国を訪れる際には、あらかじめその国の都を見てまわることにしているんだ。商人のふりをしてね」


 その説明をきいて、彼らしいと心から納得出来た。


「でっ、ここで何をしているのかっていうことも簡単な話だ。迷子だ」

「はい?迷子?」

「おれは救いようのない方向音痴でね」

「方向、音痴?」

「はやい話が、自分が向かいたい所に絶対たどり着かないというわけだ。どれだけがんばろうとね」

「いえ、意味はわかっています。それで、いま向かいたい所というのはどこなのです?」


 まさか皇宮内を探っていたとか?王太子みずから諜報活動をしているとか?


「ミオ、きみを捜していたんだ。ほら、夜市で言っていただろう?素晴らしい絵があるって。皇宮内は美術品だらけじゃないか。それだけで、おれのこの国に対する心証は格段によくなっている。きみの言う絵が、きっとここのどこかにあると思ってね。きみに案内を頼みたかったんだ。それで大広間にでも行けば、きみに出会えるんじゃないかって」


 彼は、そう言ってから舌をぺろりとだした。


 美形の彼のそんな仕草が可愛く見え、思わず笑ってしまった。


 それに客殿から本殿に行くのに、どうやったら迷えるのか?あまりにも器用すぎる。それも可笑しかった。


「わかりました。ご案内いたします。わたしも王太子殿下にお会い出来ればと客殿に向っていたのです。王太子殿下、宴ではありがとうございました」

「いやいや。あれは、おれの本心だ。別に、きみの主であるベルトランドに花を持たせようというわけじゃなかった。もっとも、あの宰相は会談のときから気に食わなかったからね。ギャフンと言わせたくなったということもあったけどね」

「王太子殿下らしいですね。あ、失礼いたしました。いまのはいい意味で、です。とにかく、本当にありがとうございました」

「今夜は最高のもてなしだったからな。明日の夜も楽しみにしている、とベルトラントに頼んだところだ。おっと、もちろん、明日はおれたちだけでってね。食う物も、気をつかってくれなくっていい。パンと野菜のスープがあれば充分だ」


 驚きである。そんな話になっていたなんて。


 皇太子殿下も断るわけにはいかないわよね。


「ミオ。時間があるようなら……」

「承知いたしました。どうぞこちらへ。ご案内いたします」


 いろいろな意味で面白い人だわ。


 彼を本殿に案内することにした。


「ゆっくり見たかったんだ」


 彼はわたしが最初に皇宮に来たときと同様に、廊下のいたるところに飾られている絵画や彫刻などの美術品を丹念に見てまわった。


 すでに照明は消されている。それでも、大きな窓から射し込む月の光で充分見ることが出来る。


「皇宮内に飾られている美術品のほとんどが、コンテストなどで一般から募集して賞をとった作品なんです。宮廷付きの画家や彫刻家もいらっしゃいますが、彼らはそんな発掘された美術家たちの指導にあたっています」

「ソルダーノ皇国はおれの国以上に軍事に力を入れているのに、文化活動も盛んなんだな。ほら、夜市で絵画を見ていただろう?レベルが高かったから、正直、驚いたよ。それにしても、ここはまるで美術館だな。玄人の美術品もいいかもしれないが、こういう一般人の作品の方が心に訴えかけてくる情熱がちがうよ。熱い作品ばかりだ」


 熱く語る彼を見ながら、本当に好きなんだとつくづく思った。


 そう言えば、彼自身も絵を描くって言っていたわよね。


 彼は、一作品ずつじっくりと見ている。


「おっと、すまない。つい時間を忘れてしまう。きみの貴重な時間を奪うわけにはいかないからな。きみが話してくれた絵画を見せてくれないか?」

「大広間にあるんです」


 大広間に向いながらも、彼はチラリチラリと絵の数々に視線を向けている。


「これだったら、明日は第一王子に会談を任せたいな。もしくは、おれだけここに残るか。とにかく、時間をかけてゆっくり見てまわりたい」

「本当にお好きなのですね。申し訳ありません。ぼくが詳しければ、いろいろ説明出来るんでしょうけど」

「こうして案内してくれるだけで充分だ。かえってウダウダ蘊蓄を語られるのは鬱陶しいからな」

「こちらです」


 大広間の大扉を開けると、大広間内は当然消灯していてだれもおらずひっそりとしている。


 照明をつけてから、彼を大きな円柱の間にあるサンドロの海の絵をへと導いた。


 彼の動きが止まった。


 その彼の気配を左横うしろに感じつつ、わたしも絵を見上げた。



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