ミオ 挑戦状を叩きつけられる
「やあ、殿下の側近君」
一人が嫌味な笑みとともに声をかけてきた。
二人とも四十代だろうか。いかにも傲慢って感じがする。そして、冷酷って感じも。雰囲気も外見も兄弟みたいにそっくりである。
あっ、実際兄弟だったんだわ。似ていて当たり前よね。
会ったのはこれがはじめてだけど、すぐにだれかわかった。
宰相派の将軍クレマン・バラドとその弟で参謀を務めるラファエル・バラドである。
エドモンドやリベリオ、それからモレノより、胸元を飾る勲章は多いけれど、果たして戦場で実際に活躍をしての功績によるものは幾つなんでしょう。
そもそも一つでもあるのかしら?
それはともかく、ああ、いやだわ。
さきほどの大広間での意趣返しってわけ?
面倒くさいったら、もう。
「将軍閣下、参謀閣下、はじめまして。ミオ・マッフェイと申します」
「知っているよ。ふんっ、噂通り小さくてヒョロヒョロしているな。軟弱すぎる」
じゃっかん若く見えるほうが言ってきた。
それはそうでしょう。あなたたちの体格にくらべれば、小さくてヒョロヒョロしていて当然よ。
逆にあなたたちが感心するぐらいの体格なら、いろんな意味で終わってるわ。
「指だけで弾き飛ばせそうだ」
「おいおいラファエル、やめないか」
初対面で、いきなり暴力をほのめかしてきた。
「彼に手を触れれば、こちらに非がある。そういうときは、「フッ」と一息つくんだ。彼ならそれだけでふっ飛んで壁に叩きつけられるだろう」
弟が弟なら兄も兄ね。
どちらも愚か者だわ。
それでわたしがビビるとでも?
サラボ王国で男爵に散々暴力を振るわれた。そんなに長い期間ではなかったけど、短すぎたってわけでもない。
その経験は、いろんな意味でわたしを強くしてくれた。
「そうですね。閣下たちでしたら、ぼくなんて溜息吐息程度でふっ飛ばしてしまいます。乗馬くらいしか出来ませんので、体力もありませんし」
ニコニコしながら言ってやった。
「乗馬?ああ、そうか。もともと身分卑しい調教師だったな」
「はい、将軍閣下。皇族専属の馬の調教師として雇われたのです」
「ファビオだったか?あのクソ爺は、まだ生きているのか?」
弟のその発言に、カッと来てしまった。
師匠は、軍で調教師をしていた。そのお蔭で、ソルダーノ皇国軍の騎馬隊はいまだに無敵と謳われている。師匠のメソッドが受け継がれているからである。
だからこそ現役を引退してなお、皇族以外の人たちは師匠のことを「ファビオ公」と尊敬の念を忘れずにこめて呼んでいるのである。
皇太子殿下やエドモンドもまた、常に尊敬の念をもって接している。
それを蔑むような発言をされたのである。
わたし自身のことは、どう悪く思ってもらっても言われてもかまわない。だけど、師匠のことに関しては許せない。
「馬の調教師がいなければ、閣下たちも馬に乗れず不自由されるのではないでしょうか」
だからつい、煽ってしまった。
「なんだと?調教師などいなくても、乗馬くらいどうとでもなる。馬など、鞭をくれてやったら言うことをきく下等な生き物だからな」
弟は、そう言ってせせら笑った。
そういうあなた自身は、馬などよりよほど下等な生き物よ。
喉元まで出かかったけど必死にひっこめた。
「ミオ」
そのとき、廊下の向こう側からリベリオとモレノがやって来た。
「きみのお蔭で宴は無事に終了したよ。いまは、皇子と王子どうし、食後の一杯を楽しんでいる。それを知らせに来たんだが……」
リベリオは、そこで言葉を止めた。
モレノと二人で、ライバルであるバラド兄弟の横を通りすぎ、こちらにやって来た。
「何かあったのか?というよりかは、あったようだな」
リベリオもモレノも、すぐに察したみたい。ライバルたちに向き直り、睨みつけた。
「これはこれは。ソルダーノ皇国軍の若き参謀と副官ではないか。いや、わたしたちもきみらと同じように、彼に今宵の礼を言いに来ただけだ。それで、乗馬の話になってね」
「そうそう。彼が自分は乗馬の天才だって言うから、それならばソルダーノ皇国軍騎馬隊の腕前とどちらの方がすごいかなと話になったわけだ。なんなら、おれみずからがみせてやってもいいんだがな、とな」
「ほう……」
リベリオはちらりとわたしを見、まったくのでたらめを吹聴したラファエルに視線を戻した。
「それは面白い。だったら、わたしが相手をしましょう」
「リベリオさん……」
驚いてしまった。
リベリオは、わたしがそんなことを言うはずがないことをわかっている。だからこそ、わたしをかばって自分が勝負する、なんてことを言いだしたのである。
が、彼はわずかに手を上げ、わたしにだまるよう合図を送って来た。




