みんなの励まし
「それで、いかがでしたか?」
「きみの情報どおりだ。第一王子は、態度ばかりが鼻につく嫌な奴って感じだが、第三王子に格負けしている。その第三王子は、なかなかの好男子だ。かっこいいしな。殿下が誠心誠意を心がけ会話を先導すると、彼はすぐに見抜いたようだ。宰相や他の皇子たちは、話し相手ではない、ということをね。いまのところは順調だよ」
「よかった。こちらもいまのところは順調です。料理も続々と出来上がっています」
「そうか。あ、そうそう。殿下がきみに料理の説明にしてもらいたい、とおっしゃっている」
「ですが、ぼくは裏方の……」
そう言いかけたが、皇太子殿下の命令を無視出来るわけもない。それに、この日の為に皇太子殿下は正装、つまりタキシードを準備してくださった。
時間がなかったので、既製品になってしまったけど高級品である。それを、あいかわらず自分用にカスタマイズした。
「わかりました。必ずや料理の説明をしに参ります。殿下にそのようにお伝えいただけますか」
「わかった。だが、ミオ。腹の虫に、騒ぎ出さないように言いきかせておけよ。きみの腹の虫は、ドラゴンの咆哮よりすごいからな」
彼の冗談は、お兄様たちのそれと全く同じだった。
だから、思わず笑ってしまった。
「ここで何かつまみ食いしてから行きますよ」
「それがいいだろう。じゃあ、またあとで」
パオロは、手を振り振り調理場を出て行った。
そうよね。料理の説明でも正装しておいた方がいいわよね。
いまのうちに着替えておくことにした。
料理長にその旨伝え、寮に着替えに戻った。
故国では、だいたい乗馬服ですごしていた。さすがに公式の行事のときにはドレスを着用していたけれど。
サラボ王国ですごしたときは、ドレスだった。一応、王太子の側妃として嫁いだからである、そのあとに男爵に下賜されたときもである。
そもそも、サラボ王国に乗馬服を持って行かなかった。必要ないからである。
というわけで、ズボンは慣れている。だから、男装でも苦にならない。それどころか、最近ではすっかり板についている気がする。
ただ、丈が長くてウエストが大きいのが難点である。
もっとも、ウエストに関しては最初の頃より手直しがそれほど必要なくなってきているような気がする。
それはきっと、気のせいよね。
自分の部屋の姿見を見ながら、つくづくズボンに慣れていてよかったなと感じた。
あっと、感じている場合じゃないわよね。
部屋を飛び出し、階段を二段飛ばしで駆け下り、玄関ホールも速度を落とさず駆け抜けようとした。
「ミオ、待ちなさい」
そのとき、うしろから寮長に呼び止められた。
「な、なんでしょうか?」
彼女は苦手である。ドキドキしてしまう。
あっ、ときめきとはまったくちがう。彼女の鋭い視線にさらされると、正体がバレてしまうような錯覚を抱いてしまうのである。
「宴よね?」
「は、はい」
「首尾よくやりなさい。成功を祈っているわ。ほら、タイが歪んでいるわ」
彼女は両手を伸ばすと、わたしの首元のタイの歪みを直してくれた。
「あ、ありがとうございます。それと、力のかぎりがんばります。みなさんもがんばってくださっていますし」
「そうね。大丈夫。あなたたちなら出来るわ」
彼女は、一歩下がるとわたしを上から下まで眺めた。
「似合っているわ」
「うれしいです。殿下の見立てなんです。では、いってまいります」
「いってらっしゃい」
背中に、彼女の言葉が当たった。
『いってらっしゃい』
その一語になぜか感動してしまった。素敵な言葉なんだって、感心してしまった。
そして、わたしは寮を飛びだし、皇宮へと向かった。
「ミオ」
大広間を通りすぎ、とりあえずは厨房に向った。
上級メイドの数名と料理長がかたまって立っている。
名を呼ばれ、何かハプニングでもあったのかとドキッとしてしまった。
「まぁ、カッコいいじゃない」
「そうよね。似合っているわよ」
「デートのときも、ぜひその恰好でお願いね」
「それはいいわね。知り合いとわざと鉢合わせするようにしたいわ」
上級メイドたちの暴走が止まらない。
あの約束を忘れてはいないみたい。
当たり前よね。
「すでに宴ははじまっているわよ。はやく料理長と行ってきなさい」
「トラパーニ国の王子の一人は、すっごく美しいわよ」
「でも、殿下には負けるんじゃない?」
「もう一人の王子はたいしたことないけどね」
メイドたちは、いっせいに笑いだした。
「料理長、ミオさん」
そのとき、アマンダがやって来た。
「殿下がお呼びです」
「わかりました。料理長、参りましょう」
上級メイドたちに「がんばって」とか「ちゃんと説明しなさいよ」といった声援を背に、大広間へと向かった。




