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サンドロの絵

 気がつけば、皇宮のかなり奥にあるアトリエまでやって来ていた。


 この区画にははじめて来た。というよりかは、こんな区画があるなんて知らなかった。


 サンドロは、アトリエの扉の前で待っていてくれた。


「殿下、閣下、お待ちしておりました。ミオさんも来てくれたんですね」


 彼は、皇太子殿下とエドモンドに挨拶をしてからわたしにも挨拶してくれた。


「殿下からききました。あの絵が出来たんですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます。ずっとアトリエにこもっていました。いつもとちがい、すごくはかどりました。いつもだったら、途中何回かスランプに陥ってしまい、しばらく放置して気分を入れ替えてから出ないと作業が進まないのです。今回はそれがなかったばかりか興がのりにのってしまって、先生から「休憩しろ」とか「一歩ひいて見つめ直せ」などと何度も叱られてしまったほどです」


 彼の顔は、興奮で真っ赤になっている。


「これまでの中で最速で仕上がりました。もちろん、自分の中では最高傑作です。気に入っていただけるか、緊張しております」


 いつもは皇太子殿下の前でモジモジしている彼も、絵のことになると人がかわってしまう。


「申し訳ありません。つい興奮してしまいました。百の言葉より、ご覧いただくべきですね。どうぞ、お入りください」


 彼は照れ笑いを浮かべると、横にどいてアトリエの扉を押し開けた。


 アトリエ内は、明るい。


 例の絵は奥の壁にかかっており、ライトアップされている。


 その絵を見た瞬間、表現のしようのない気持ちになってしまった。勝手に目から涙がこぼれ落ちはじめ、それが止まらなくなった。


 無意識の内に両手で口をおおってしまっていた。


 その女性っぽい仕草に気がつき、慌ててやめた。


 が、皇太子殿下もエドモンドも、それにはまったく気がついていない。


 なぜなら、同じように絵に釘付けになっていて感動しているからである?


 二人もまた、サンドロの絵を声もなく見つめている。


 あのとき見た素晴らしすぎる景色が、いままた眼前に広がっている。


 湖面がキラキラ光っていて、広大な小麦畑が金色に光っている。


 それだけでも充分感動ものである。


 だけど、それだけではない。


 サンドロの絵は、わたしたちが実際に立ってみていた崖を見下ろす位置を視点に描かれている。


 つまり、この壮大で美しい景色を、崖から三人の人が見ているところを描いているのである。


 三人の背が、この景色のアクセントになっていると言ってもいい。


 背中だけで、三人がこの素晴らしい景色に感動していることがよく表現されている。


 ずっとずっと永遠に見ていても飽きない。ずっと見ていたい。


 そんな感動を、背中だけで見て取れる。


 その三人が、皇太子殿下とエドモンドとわたし、ということがすぐにわかった。


 どうしよう、感動しすぎて涙が止まりそうにない。


「あ、あの……。お気に召しませんでしょうか?」


 長い?って実際はそんなに長くなかったのかもしれないけれど、とにかくしばらくの後、サンドロが恐る恐る尋ねた。


「あ、ああ、ああ、すまない」


 やっとのことで応じた皇太子殿下の声が、わずかながら震えていることに気がついた。


「あの海の絵も感動したが、これは感動以上のものがある。サンドロ、素晴らしい絵をありがとう」

「そ、そんな……。殿下がチャンスをくださったのです。この景色は、わたしも感動いたしました。故郷の海とはまた別の意味で忘れられない景色です。だからこそ、いっきに描き上げられたのだと思います」

「サンドロ。これは、わたしたちだよな?どうして、わたしたちを?」


 そう尋ねたエドモンドの声も震えを帯びている。


「閣下。正直、わかりません。気がつけば描いていました。この景色に、殿下と閣下とミオさんが必要な気がしたのです。あの、勝手に描いてしまって申し訳ありません」

「いや、謝罪は必要ない。サンドロ、ミオを見てみろ。感動のあまり泣きじゃくっている」

「殿下だって、わたしのことは言えませんよ」


 思わず言ってしまった。


 だけど、いまの皇太子殿下の冗談っぽい言葉でやっと涙が止まった。


「サンドロさん、ありがとうございます。もう思い残すことはないって感じです」

「おいおいミオ。まるできみが全力で描いたって言い方だな」

「それほど感動したって言いたかったのですよ、エドモンド様」


 四人でいっせいに笑った。


 この絵のことは、一生忘れられそうにない。


 余韻に浸ったまま、アトリエを後にした。


 皇太子殿下は、この絵をどこに飾るのだろう。


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