夜市へのお誘い
上級メイドたちの説得は、うまくいったといえばうまくいった。うまくいかなかったといえばうまくいっていない、とも言える。
条件をつけられたのである。
デートをするという。
そこのところはまだいい。わたし的には、同性と遊びに行くという感覚で臨めばいいのだから。
が、デートの後のことが厄介なのである。
付き合う人を選べ、と無茶苦茶な条件を叩きつけられてしまった。
でも、彼女たちの協力なくしては宴は成功しない。条件をのんだとしても、いざというときになって協力してくれないかもしれない。
たとえ彼女たちにする気はあっても、宰相らが何かの用事を言いつければそれに従うより他はない。
それを承知の上で、条件をのむことにした。
ずるいかもしれないが、デートだけして選べないとか、いまはまだ付き合う気がないとか、そういう言い訳をして体よく断るつもりでいる。
いっそ、「わたしは女性なのよ」って正体をばらしたい。だけど、そうすれば彼女たちはぜったいに協力してくれなくなる。
なるようにしかならない。
とりあえずは宴に必要な料理と、それを供する人員の確保は出来た。たぶん、だけど。
あとは、思いもよらず知り合ったトラパーニ国の商人ランベールの噂話を、皇太子殿下たちの耳に入れておくだけである。
皇太子殿下は、こんな遅い時間でもあいかわらず執務室で忙しくされている。
ちょうどアマンダがお茶を出し終え、執務室から出てきたところである。
今夜はパオロが当番なのでちょうどよかった。
話があると、持ちかけた。
アマンダが気をきかせてくれ、パオロとわたしの分の紅茶を運んできてくれた。
そこで、皇太子殿下とパオロに、ランベールからきいたことを伝えた。
「信じていいのかな?」
「パオロさん。彼が嘘をつく理由はありません。身なりがよかったので、トラパーニ国の王族御用達の商人かも。それだったら、詳しく知っていてもおかしくないですから」
商人は、情報に敏感である。驚くほど多くの情報を握っている。それが異国を行ったり来たりする商人ともなればなおさらである。
「パオロ、ミオの言う通りだ。その商人が彼をだますとはかんがえにくい。われわれの推測の裏付けが出来た。これで、心おきなく第三王子とだけ渡り合える」
皇太子殿下が言ってくれた。
「そうですね。おっしゃり通りです。殿下、全身全霊をもって会談に臨んでください。それと、感動的なスピーチの一つもかんがえておいてください」
「ふ……む。そこは約束できんが、とりあえず熱くぶつかってみよう」
いまのは皇太子殿下の冗談、よね?
パオロと顔を見合わせて笑ってしまった。
「ミオ」
パオロと執務室を出てゆこうとしたとき、皇太子殿下に呼びとめられてしまった。
「サンドロが来て、遠乗りのときの絵が出来上がったそうだ。皇宮内のアトリエにある。そこで彼が待っているから、きみも行かないか?エドモンドも誘っている」
「本当ですか?ちょうど、あの絵はどうなったのかなってかんがえていたところです」
なんていいタイミングなんでしょう。
サンドロの絵。ドキドキしてくる。
そのタイミングで、執務室のドアがノックされた。
エドモンドがやって来たのである。
三人でアトリエに向っている。
夜も遅いこともあり、大廊下はひっそりと静まり返っている。大きな窓から月光が射しこみ、まぶしいくらいである。
エドモンドの軍靴の響きが心地いい。
あるきながら、皇太子殿下がエドモンドにランベールからきいた話を伝えてくれた。
っていうか、二人はどうしてわたしをはさむわけ?
彼らのうしろをついてあるいていたはずなのに、いつの間にかわたしの左右にわかれていて、わたしの歩調に合わせてあるいている。
「ミオ、そのランベールとかいう商人と夜市をまわったのか?」
皇太子殿下の話が終わると、エドモンドが開口一番そう尋ねてきた。
「はい?」
一瞬、意味がわからなかった。いえ、厳密にはわかっている。
そこ、尋ねるところ?
不思議に思ってしまったのである。
「エドモンド、何を尋ねているん……」
皇太子殿下も同様に思ったみたい。そう言いかけ、途中で言葉を止めた。
「たしかに、気になるな。ミオ、彼と夜市を楽しんだのか?」
「はいいいい?」
なんなの?いったい、どうしてそんなことを尋ねるわけ?
「夜市は、話をきいているだけで一度も行ったことがありません。エドモンド様とも、なかなか開催日と合わなかったじゃないですか」
「そうだよな。月に一度っきりだから……。って兄上、そんなに冷たい目で睨まないでくださいよ」
「うるさい」
「だから、物珍しくって。ついはしゃいじゃいました」
「……」
「……」
右と左に顔を向けると、二人ともムスッとしている。
二人とも、せっかくの美形が台無しだわ。
「だったら、来月。そうだ、来月行こう。端から端まで案内するよ」
「わあっ!エドモンド様、本当ですか?」
「ああ。開催する日を調べるから。ちゃんと公休を取るよ」
「ふんっ!急な遠征や演習が入らなければいいがな」
「なっ……。兄上、汚いですよ。汚すぎる」
「わたしは皇太子だ。栄誉ある将軍閣下も、皇太子の命令に背くことは出来ん」
「だったら、兄上も都合をつければいいでしょう?なぁ、ミオ?兄上もいっしょに来ればいい」
エドモンドの声が無人の廊下に響き渡る。
「邪魔者だけど」
エドモンドのつぶやきがきこえたような気がした。
「殿下、本当に?お休みがとれるんですか?だったら三人で行きましょう。きっと楽しいはずです。いまから楽しみです。わあーっ!屋台、全部制覇したいですね」
「わたしがおごるから」
「わたしがおごるよ」
二人が同時に言った。
本当、楽しみだわ。
もちろん、屋台でおごってもらえるからってわけじゃない。
三人で出かけられる、そこが楽しみなわけ。




