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トラパーニ国の商人ランベール

「あとは、大きい方の迷子だな」


 ランベールは、そう言って肩をすくめた。


「ランベールさん、この辺りのことはよくわからないっておっしゃいましたよね?」

「ああ。おれは商人でね。いろいろな国をまわっているんだ」

「でしたら、お連れの方も迷われているのではないでしょうか?すくなくとも、あなたを捜して夜市を駆けまわっていると思います」

「困ったな」

 

 そうつぶやいたが、こちらを見る彼の顔は、ちっとも困っているようには見えない。


 そのとき、わたしのお腹の虫が騒ぎはじめた。


 この喧噪の中なのに、きこえてくるってどういうことなの?

 っていう以前に、少し前にブノワの実家の食堂で試食という名のつまみ食いをしたはずよ。


 どうしてお腹がすくわけ?


 まったくもうっ!お腹まで男性みたいにならなくってもいいのよ。


「おれも腹が減ったな」

「きこえましたか?」


 出会ったばかりの人にまできかれてしまった。


「ここには、うまそうなものがたくさんある。何か食ってから、連れを捜すことにするよ。っと、この国の金を持っていなかったんだった」


 彼は、ぺろりと舌を出した。


「ぼくがご馳走しますよ」

「本当に?うれしいな。じゃあ、さっそく行こう」


 彼は、そう言うなりわたしの手をつかんで駆けだした。


 ええっ!やけになれなれしいのね。


 驚いてしまったのは言うまでもない。


 幾つか屋台をまわり、結局彼は野菜スープと焼きたてのパン、わたしは鳥の串焼きにした。


 夜市に設けられているテーブル席を確保し、そこで堪能した。


 彼に串焼きを一本いるかと尋ねたが、肉は食べないと言う。


 食事後、二人でいろんな店や屋台をのぞいてまわった。


 肖像画を描いて稼いでいる画家や、自分の作品を並べて売っている画家もいる。


 そういえば、遠乗りをしたときにサンドロが描いていた絵、あれはどうなったのかしら?彼にきいてみなければ。もちろん、いまのこのバタバタが終ってからだけど。


 そんなことをかんがえていると、ランベールが地面に並んでいる風景画を熱心に眺めていることに気がついた。


「ランベールさん、絵がお好きなんですか?」

「ああ。見るのも描くのも大好きだ。本当は、画家になりたかったんだが……。才能ってやつは、不公平だよな」


 彼は、苦笑した。


「最近知り合った友人が、素敵な絵を描くんです」

「へー。それは見てみたいな」


 見せてあげたいのはやまやまだけど、飾ってある場所が場所だから、見せることは出来そうにない。


 絵の話をしつつ、果物の搾りたてのジュースを購入し、夜市を後にして広場にやってきた。


 石段に座って絵の話をしていると、いつの間にかわたし自身のことを話していた。厳密には、いま現在の状況についてである。


 仕えている主人が、トラパーニ国からやって来る使節団を迎える役目を仰せつかり、その対応に追われている、というようなことをである。


「それは大変だな。おれは、トラパーニ国の出身だよ。使節団って、どうせ出来の悪い第一王子と有能な第三王子だろう?」

「ランベールさんは、トラパーニ国の商人なんですか?あぁそれで、先ほど鳥肉を食べないとおっしゃったのですね。教義で鳥獣魚の肉はあまり食さないときいています」


 それから、彼に説明した。


 今夜、街にいるのは、宴に出すレシピのことで、皇宮の料理長と街の食堂で研究や実際作ったりしていたからだと。


「皇宮の料理長が街の食堂で?」

「はい。かんがえているレシピは、通常皇族や貴賓に出すものではないんです。どちらかといえば、庶民的なものなんです。あ、だからといって安い食材とか手を抜いているというわけじゃないんですよ。事情があって急に決まったもので、食材を最速でそろえるのに高級食材よりよほど費用がかかってしまいました。それに、料理長にはわざわざ足を運んでもらって、食堂のご主人から教えてもらったりしていますし」

「驚きだな。皇族に仕える料理長ともなれば、プライドの塊だろう?」

「そうなんですよね。ですが、うちの料理長は、『食してくれる人をしあわせにする』という信念があって、そのためなら手段を厭わないっていう、ある意味かわっている人なんです。ですから、トラパーニ国の王子様たちによろこんでもらうんだとおっしゃって、協力してもらっています。あの、ランベールさん?」


 彼は、わたしを見たままかたまってしまっている。しかも、目に涙をためて。生ジュースの入っていた空のカップが彼の手からぽとりと落ちた。


 え?いったいなんなの?

 わたし、何か悲しいことを言ってしまった?


 どう思い返しても、そんなことを言った覚えがない。


「ランベールさん、どうかされましたか?」

「あ、いや。すまない」


 彼は、慌てて目尻にたまっている涙を指先で拭った。


「あーーーーーっ、いたっ!」

「ランベールさんっ!捜しましたよ」


 そのとき、夜市の人ごみの中から二人の男性が飛びだし、こちらに向かってきた。


「おっといけない。行かなければ」


 彼は石段に落としたカップを拾うと立ち上がった。


「おごってくれたお礼に、いいことを教えてやるよ。噂では、すでに第三王子が王太子に決定したらしい。したがって、勢力図は第三王子が優勢と書き換えられた。第一王子は、今回はお飾りにすぎない。だから、きみのご主人は第三王子を相手にするだけでいい。それと、これも噂だけど、優秀な第三王子は、熱い奴が大好きだ。心と熱意をもってぶつかってくる奴を見ると、惚れこんでしまう。感動屋で義理堅くもある。だから、第三王子の為に何かやってくれたり言ってくれたら、泣いてよろこんでその分きっちり返すそうだ。ということは、その逆もあるけどな。まっ、いまのを信じるか信じないかは、ミオ、きみしだいだ。いろいろありがとう」

「ランベールさん、またお会いできるといいですね」


 悪い人じゃない。こういう面白い人とはまた会えればいい。


「そうだな。縁があったら、すぐにでも会えるさ。じゃあっ」


 彼は美形にさわやかな笑みを浮かべ、背を向けさっそうと去って行った。


 って、どこに行くの?


 彼は、連れの人たちが向かってくるのとは反対の方へと駆けてゆく。


「ラ、ランベールさーーーーんっ!」

「待ってくださいよーーーっ!」


 連れの人たちも大変よね。


 その二人がわたしの前を通りすぎるとき、どちらも目礼してくれた。


 三人の背を見送りながら、とんでもないことを思いだした。


 そうだった。はやく戻らなくてはいけなかったのである。


 生ジュースのカップをゴミ箱に捨て、駆けだした。


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