馬繋がりで誘われて
「ほら見ろ。リベリオ、モレノ、いまのをきいたか?ということは、きみも馬好きなわけだ」
そのタイミングで、黒馬がわたしの短くなった赤毛をハムハムしはじめた。
馬の中には、甘えて髪をハムハムする子がいる。
「へー、会ったばかりなのに、もう仲良くなって……。わたしにはすげないのにな」
「馬は、馬好きかそうでないかはわかります。あなたもすぐに友達になれますよ」
エドモンドに言うと、彼は苦笑した。
「詳しいんだな」
つぎは、知的な美形が言った。
「ええ。えっと、リベリオさん?」
「わたしは、リベリオ・アントーニ。そっちの筋肉バカは、モレノ・バルティ」
「おい、リベリオ」
「だって、本当のことだろう?」
モレノの抗議を、リベリオは指先で眼鏡をクイッと上げつつ一蹴してしまった。
それをききながら、ふと思いついた。
「じつは、さる貴族のところで馬丁を務めていたんです。ですが、主が暴力を……。ずいぶんと耐えたんですが、ついに耐え切れずに屋敷を飛びだしてしまいました。それで、行く当てもなくこうして……。見つかれば、ただではすまされないでしょうね」
思いついたこの大嘘が、まさかとんでもない事態を招くことになるなんて……。
このときには、思いもしなかった。
「なんてことだ」
「こんな気弱そうな青年を虐待するなどと」
リベリオとモレノは、わたしがうしろめたさ全開になってしまうほど憤ってくれている。
「なんという貴族だい?許せないな」
「あ、いえ。エドモンドさん、もういいんです」
そして、エドモンドもまた憤ってくれている。
「そうだ。ミオ、行く当てがないんだったらいっしょに来てくれないか。きみのような優秀な馬丁は大歓迎だ。ちょうどいい。きみに、その黒馬とあと二頭の調教を頼んでもいい」
えっ?嘘、よね?
そもそも、この人たちっていったいだれなの?
「それはいいかんがえです。もしもその貴族とやらがとやかく言ってきたら、ばっさり斬り捨てればいいだけのことです」
モレノの言葉に、自分の耳を疑った。
「だから、きみは脳筋バカなのだ。なんでも剣でばっさりというのは、野蛮人のすることだ。どうせ殺すなら、大衆の目の前で断罪し、首を斬り落とす。これこそが、文明人のやり方だ」
リベリオの言葉にも、わが耳を疑ってしまう。
「二人ともやめろ。彼がひいているぞ。とにかく、二頭を待たせているところに戻ろう。今夜はもう疲れた。この辺りで野宿だ」
「はあ?あなたが夜通し進むと言ったのではないですか」
「リベリオ。まさか、こんなことになるとは思わなかったからな。ミオ、行こう。残りの馬も見てくれ」
エドモンドは、そう言うとさっさと元来た道を歩きはじめた。
ちょっ……。
わたし、まだ馬の調教をするともしないとも答えていないんですけど。
仕方がない。流れに身を任せるしかない。
すくなくとも、路頭に迷うことはないみたいだし。
それにしても、彼らはいったい何者なの?
自分でも、得体の知れない人たちについてゆくのがバカだって思う。
黒馬は、混乱しまくっているわたしの短い赤毛を、無心にハムハムしている。
馬は、美しい。そして、賢い。
お母様が亡くなり、その寂しさを紛らわせるためにお父様が異国の商人から入手してくれたのが馬だった。
それ以降、わたしは気高く美しい馬の虜になった。
だから、この国での半年間は、虐げられたり暴力を振るわれること以上に、馬と触れ合えないことが苦しくつらいことだった。
このサラボ王国の王都に、近隣諸国をあわせても一番を誇る馬の競り市があるだなんて……。
知っていれば、王宮にいようと男爵家の小部屋に閉じ込められていようと、なんとしてでも抜けだして行ったのに。
残念でならない。
残る二頭の馬もまた、一目見ただけで黒馬同様名馬であることがわかる。
一頭は、全身が黄褐色の栗毛。もう一頭は明るい赤褐色の鹿毛。
毛並みがよく、蹄もよく手入れされている。
三頭とも、一歳くらいかしら。
調教をはじめるにはちょうどいいかもしれない。
それにしても、エドモンドの目利きは相当なものである。
まさか、こんなところで馬について語れそうな人に出会うなんて……。
「ミオ、どうだい?やってくれるかな。もちろん、それに似合う報酬を支払うし、その間の衣食住の保障もちゃんとする」
馬たちに夢中になっていたこともあるけれど、「ミオ」が自分だということに一瞬気がつかなかった。
「ミオ?すっかり夢中になっているようだね」
「あ、申し訳ありません。本当に、三頭ともいい馬ですね。ですが、ぼくはまだ馬丁になりたてで、どこまでできるのかお約束できませんが」
「いいんだよ。いまいる調教師が、高齢ってほどではないんだが歳をとっていてね。すこし前から引退したいって言っているんだ。なかなかいい後任が見つからなくって。その調教師の手伝いをしてくれるってことにすれば、きみも気がラクだろう?それに、言いにくいが、このままこの国にいてはきみの身が危ないかもしれないし」
たしかにその通りよね。
でも、いまの彼の『この国にいては』という言葉……。
彼らは、よその国の人というわけなのね。