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二人の迷子

 前メイド長は、数か月前に引退したらしい。


 通常なら副メイド長がメイド長に昇格するんでしょうけど、副メイド長は実務ではなく寮の管理やメイドたちの生活面などをサポートするのが役割なので、昇格はしないという。


 ということは、上級メイドのだれかがなるということだけど……。


 どの上級メイドも似たり寄ったりで、いまだに決まっていないというのが現状である。だから、とりあえずは上級メイドたち全員で、中級や下級メイドを束ねている。


 はやいうちから信頼関係を築きはじめておいてよかった。

 これも、アマンダの一件があったからである。あの嫌がらせ行為を見なかったら、おそらく信頼関係を築くのが遅すぎて今回のこの大事には間に合わなかったでしょう。


 馬の調教と同じで、信頼関係を築くのもすぐに出来るものではない。徐々に歩み寄り、おたがいを知ってゆく。

 そうして、馬はその背に乗せてくれるようになる。心を開き、懐いてくれる。


 最後の詰めを行った。手綱を握り、完全に乗れるようにするのである。


 同時に、エドモンドの手配でブノワとともに彼の実家である街の食堂に行き、彼のご両親からいろいろと教えてもらった。


 来たる宴のレシピの参考にする為である。


 そんなこんなで、トラパーニ王国からの使節団がやって来るのが明日になってしまった。


 この日、わたしはお昼から皇宮の料理長とともにブノワの実家の食堂を訪れた。


 何度か訪れていて、この日が最終の打ち合わせと実際に料理を作る為である。


 ありがたいことに、料理長は近衛隊隊長のオレステ同様どこの派閥にも属していない。


『とにかく、料理人は食べてくれる人を笑顔にすればいい』


 そういう信念を持つ彼は、実に柔軟なかんがえと発想をしている。


 異国からの客人をよろこばせたいからと相談すると、彼は街の食堂のご主人に会っていろいろ学ぶという、本来なら皇宮の料理長ならぜったいにしてくれそうにない頼みを引き受けてくれた。


 夕方になってもまだ、調理は終わりそうにない。


 戻って明日の準備をしなければならない。だから、料理長に先に戻ると告げてから食堂を出た。


 エドモンドといつも使っている近道を使うことにした。


 足早に歩いて中央広場近くの市場にさしかかったとき、大勢の人が市場に集っていることに気がついた。


 それを見て、今夜は月に一度の夜市であることを思いだした。

 人々は、お店をのぞいたり買ったり食べたり飲んだりして楽しんでいる。


 夜市って、まだ一度ものぞいたことがないのよね。


 一瞬、のぞいてみたいと思った。


 ちょっとだけ。小一時間くらいなら、急いで戻ればなんとかなる。


 そう結論をくだすと側行動である。


 方向転換して夜市に向った。


 そしてすぐ、美形の青年と男の子がウロウロしているのに気がついた。


 青年は、美形すぎて浮いている。シャツにジャケットという出立ちである。


 その素材がいいものであることが、離れていてもすぐにわかる。立っている姿もそうだけど、雰囲気が上流階級っぽい感じがしないでもない。もしくは、裕福な商人という感じかしら。

 

 一方、その青年といっしょにいる男の子は、シャツに吊りズボン姿である。

 一見して、街に住む普通の家庭の子どもっぽい感じがする。


 青年はその男の子の手を握っていて、二人で何かを探しているのか、キョロキョロしている。


 まさか、人さらい?


 なーんてバカな想像をしながら、その側を通りすぎようとした。


「あの、すみません」


 なぜか、美形の青年が声をかけてきた。


「はい?」


 無視するわけにはいかないわよね。


「じつは、この子が両親とはぐれてしまったようでね。いっしょに捜そうとしているんだけど、おれはこのあたりのことがよくわからなくて。結局、おれも連れとはぐれてしまったようなんだ」


 美形の青年は、ぺろりと舌を出した。

 

 そのおどけた言い方が面白くって、男の子と顔を見合わせて笑ってしまった。


「ランベール・モラン。よろしく」


 彼が手を差しだしてきた。


「ミオ・マッフェイです」


 彼と握手をした。


 黒色の長い髪をうしろで一つにまとめている。瞳の色は、夜市の煌びやかな灯りのもとブラウンなのがよくわかる。


 力強い握手をした後、彼がじっとわたしを見つめていることに気がついた。


 不快というわけじゃないけど、見透かされているようで落ち着かない。


「きみは、何て名前なんだい?父さんと母さんの名前、教えてくれるかな?」


 その視線から逃れるため、両膝を折って男の子と視線を合わせてから尋ねてみた。


「ジャン。ジャン・アルトー。父さんはアラン・アルトー。母さんはクレール・アルトー」


 男の子は、胸をはって名乗ってくれた。


「ジャン・アルトーか。いい名前だね。モランさん、おそらく夜市を管理しているところがあるはずです。そこに行ってみましょう」

「ミオ、ランベールって呼んでくれ。そこに行けば、おれの連れもいるかな?」

「ええ?ジャンのご両親は彼を捜してそこに来ているかもしれませんが、あなたのお連れはどうでしょうか」


 ずいぶんと冗談の好きな人よね。


 きっとジャンが不安にならないように、おどけているだけよね。


 目の前の屋台で事務所の場所をきき、さっそくそこに行ってみた。


 毎月の夜市には、子どもたちもたくさん来る。迷子は多いでしょう。もちろん、大人どうしで来ても連れの人とはぐれてしまうことはある。


 ちゃんと迷子に対処したり、はぐれた友人やら知人やらを捜す手助けをするスタッフがいるのである。


 そこには、すでに三人の迷子が保護されている。


 ありがたいことに、ジャンの両親も彼を捜しにやって来ていた。


「ありがとう、お兄さんたち」


 ジャンの両親はまだ若く、お母さんは赤ん坊を抱えている。お父さんがジャンを抱え上げ、何度もお礼を言って去って行った。


 ほんと、ジャンのご両親が見つかってよかったわ。

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