無理難題をおしつけてきた
トラパーニ国との会談は、二日間に渡って行われるらしい。その一日目の夜、宴が行われる。もちろん、使節団はその日は王宮に泊るわけであるのだけれど、それが厄介なのである。
異国の貴賓を迎え、それをもてなすのは主賓国の力をそのまま示すことになる。
すなわち、失敗や粗相はぜったいに出来ないというわけである。
ある意味では、会談より大変かもしれない。
メイド長や料理長たちとも連携しなければならない。
そんな大忙しの中、打ち合わせが終わってパオロと宮殿内の大廊下をあるいていると、またしても宰相と皇子が向こうからやって来るのに出くわした。
宮殿内だから出くわすのは当たり前なんだけど、皇子がのっぽの第一皇子からチビの第二皇子プラスデブの第三皇子にかわっているだけで、宰相やその取り巻きは前回のまま同じである。
「第二皇子殿下、第三皇子殿下、ご挨拶申し上げます」
まずは、チビとデブ皇子に挨拶をしておいた。
人としての当たり前の礼儀作法である。
チビ皇子の方はわたしに目もくれず、小指で耳垢をほじってそれをフッと息で吹き飛ばした。一方、デブ皇子は、わたしをどうすれば美味しく食べることが出来るかをかんがえているかのように、こちらを上から下までジロジロと眺めまわしている。
チビ皇子もデブ皇子も、原形はそう悪くないんでしょう。たぶんだけど。でも、性格がはっきり顔つきにあらわれえいる。
チビ皇子は猜疑心が強くてケチで傲慢。自分の思い通りにならないと、平気で暴力をふるう。狐っぽい顔つきは、銀狐と異名を持つ伯父にそっくりである。
デブ皇子は、とにかく何かを食べられれば、ほかはどうでもいいっていう感じである。おおらか、というのとはちがう。無関心なだけである。
パンパンにはっている肌は、年配の女性から見ればうらやましいほどハリとツヤがある。
どちらもシャツとズボンを着用している。既製品ではなくちゃんと寸法を測って作ったはずなのに、チビ皇子はズボンの裾やシャツの袖を折っているし、デブ皇子の方はシャツもズボンもいますぐにでもボタンがふっ飛んだり生地が張り裂けてしまいそうになっている。
「宰相閣下、この前お会いしたときよりずいぶんと肌がきれいですよね。色や艶はもちろんのこと、きめ細かいというかハリがあるというか。うらやましいです」
つい先日、寮で宰相付きの上級メイドと話をした。彼女がキラキラした目でこちらを見つめていたという点は別にして、宰相についての情報を得ることが出来た。
どうやら、宰相は皺やシミが悩みの種らしい。それで、それらに効果のある果実のジュースを摂取しはじめ、同時に自分でマッサージもしはじめたとか。
その光景を思い浮かべると滑稽でしかないけれど、本人にしてみれば真剣な悩みというわけである。
それを褒めてみた。
こういう人は、褒めそやすのが一番である。
「あ、ああ、ありがとう。健康法、というのかな。最近はじめてね。見た目にわかるのなら、もう効果が出はじめたわけだな」
「ええ。とっても出ています。宰相閣下ほどお忙しい方が、何かを続けるということはなかなか難しいですのに、それをちゃんとされていらっしゃいます。さすがとしか申しようがございません。だからこそ、効果てきめん。すでにその効果が出てきているのですね」
ごめなさい。大嘘です。わたし、平気で嘘をさえずっています。
すくなくとも、わたしの目に効果が出ているのかどうかはまーったく見えてはいない。
おそらく、パオロもそうだし、取り巻きたちも同様でしょう。
だけど、口にだして言ってしまえば、人って面白いものでそう見えてくるのよね。
「たしかに、きれいになりましたね、宰相閣下」
「若返ったように見えますよ、閣下」
取り巻きたちが、われ先に褒めはじめた。
どうやら、急に見えはじめたみたい。
が、せっかく褒め殺ししたというのに、宰相はとんでもないことをおしつけてきた。
「隣国の王子たちの為の宴だが、準備はそちらでするのだ」
「そちらでするのだ?宴の手配は、宰相閣下、そちらがすることではありませんか」
「いやいや。他国に名を売るチャンス。皇太子殿下に譲らせていただくよ」
「そんな……。いまさら言われても……」
パオロは、絶句している。もちろん、わたしもである。
いまさら?皇国をあげてのおもてなしは、国じたいの評価につながる。それをいくら嫌がらせだとしても、いまさらこちらに丸投げしてくるなんて、ひどすぎるなんてものじゃない。
どうせこちらが何も出来ないと踏んでいるにちがいない。
皇太子殿下に恥をかかせ、皇子のだれかを、あるいは三人まとめて皇帝陛下に売り込むつもりなのか、それとも宰相自身の株を上げるつもりなのか。
いずれにせよ、こちらはその無理難題をおしつけられるしかない。
どうせおしつけられるのなら……。




