はい?愛想のいい仔犬?
「最近、メイドたちの間であなたの話題がもちきりなんです。すっごく可愛いわよね、という感じで。愛想のいい仔犬みたいって、みんな言っています」
はい?わたしが?
愛想のいい仔犬?
素直によろこべないのはなぜかしら?
「いやがらせはなくなったわけじゃありませんけど、前よりかは少しマシになりました。わたしがこうしてミオさんといっしょにいますから、わたしがあなたに言いつけると思っているのかもしれません」
「それはよかったですね」
どう理解していいかわからないけど、いやがらせがマシになったのはよかったわよね。
「その……。みんなの関心は、あなたに想う人がいるか、なんです。そのう……。わたしも含めて、ですけど……」
消え入りそうな声だったけど、たしかにそうきこえた。
彼女は、熱でもあるんじゃないかというほど真っ赤になっている。
「い、いえ。あー、いまは仕事が忙しくって……。それに、ぼくはしょせん異国の下級階層の出ですし……」
「じゃ、じゃあ、想う人も付き合っている人もいないんですね?」
突然、彼女は顔を上げ、テーブルに身をのりだしてきた。その拍子に、テーブルが揺れ、紅茶が真っ白のテーブルクロスを茶色に染めてしまった。
しかも、いまのは声が大きすぎた。食堂内に響き渡るほどだった。大げさかもしれないけれど、すくなくともわたしはそう感じた。
「あ、あはは!」
まずは彼女を見、それからこちらを凝視している食堂内にいる全メイドたちを見回し、笑ってごまかすしかなかった。
エドモンドが帰還した。ソルダーノ皇国の西方地域に演習に行っていたのである。
その夜、皇太子殿下から書類を預かった。
もう間もなく、隣国トラパーニ国の王子たちがやってくる。それを迎えるにあたり、エドモンドに目を通してもらう必要のある書類を渡してほしいと頼まれたのである。
ついでに、例のお菓子を作って持って行ってやってくれとも。
エドモンドは、皇宮内にも広い部屋があるらしい。だけど、彼は皇宮での生活を嫌い、軍の官舎で多くの兵士たちといっしょに寝起きをしているという。
まぁ、気持ちはよくわかるわ。
皇宮内だと、だれかしらの目がある。というよりかは、三人の皇子や宰相派の人たちに見張られている。
そんな環境では、息もつけないでしょう。
というわけで、例のお菓子を作って紙袋に入れ、書類ばさみを脇にはさみ、官舎に赴いた。
とはいえ、皇宮からそんなに遠いわけではない。
皇宮の敷地と軍の敷地はお隣さんどうしで、その間に広大な森をはさんでいる。
「えーっとたしか、皇宮に一番ちかい建物だったわよね」
軍の施設には、いたるところに大型の照明を灯している。そのため、夜間でも昼間のように明るい。
同じような建物が、ずらっと並んでいる。
皇宮の一番近くにある建物に近づいてみた。
歩哨が二人、ドアの左右に立っている。どちらも屈強で、いかにも兵士ですって感じである。
自分の体格が恥ずかしくなってくる。
でも、このままおいしい料理をたくさん食べ続けたら、彼らの筋肉に負けず劣らず贅肉がつくかもしれない。
「あの、すみません。エドモンド様、いえ、スカルキ将軍閣下にお会いしたいのですが。皇太子殿下の側近ミオ・マッフェイと申します」
彼らは、わたしを見下ろしてから顔を見合わせた。
「あなたがミオ?ははっ、こんなに華奢なあなたが、銀狐をやりこめたって?」
「お会い出来て光栄です。閣下は、さきほどお戻りになられました。ご案内します」
はい?この人たちは、どうしてわたしのことを知っているの?
「いえ、大丈夫です。差し支えなければ、閣下の部屋を教えていただけませんか?自分で行きます」
「閣下の部屋は、三階の一番奥です」
「部外者が入っても大丈夫でしょうか?」
「女性なら大騒ぎになるでしょうが、あなたなら大丈夫です。だれも気にしません」
一人がドアを開けてくれたので、お礼を言ってから中に入った。
入ってすぐのところに階段があるので、それをのぼりはじめた。
木製の階段を踏みしめるたび、ギシギシと音がする。
ずいぶんと年季の入っている建物である。
壁も階段も、なにかわからないシミがいっぱいついている。
ギシギシという音をききながら、先ほどの歩哨たちの言ったことが頭をよぎった。が、それも一瞬のことで、気にしないでおくことにした。
二階に達すると、向こうの方から兵士たちの陽気な笑い声や不穏な怒鳴り声がきこえてくる。それをききながら、また階段を踏みしめ三階に向かった。
ありがたいことに、いまのところだれにも会わないですんでいる。
会えば、挨拶とか自分が誰なのかとか、何がしか言わなければならない。
一瞬、やはり歩哨の兵士に案内してもらったらよかったと後悔をした。
が、もう遅い。後悔は、頭からすぐに追い払った。
そして、三階に達した。三階建てなので、当然それ以上の階はない。
ここもまた、兵士たちの声や笑い声、怒鳴り声で満ち溢れている。
角を曲がったら、そこは廊下で……。




