お付き合いしている女性はいますか?
今回は、嘘やごまかしはなしにした。
皇太子殿下は瞼を閉じ、無言のままかんがえこんでいる。
「このまえの遠乗り際も、メイドたちは巧妙に嫌がらせをやっていた。気がついてはいても、なにも出来なのが情けないよ。皇太子殿下だというのにな。皇民や多くの人々を救う?それどころか、わたしの世話をしてくれるメイド一人救えないなんて」
彼は、大きな溜息をついた。
これまでにも同様に、何人ものメイドが辞めざるを得なかったらしい。
皇太子殿下が直接なんらかの処置をすれば、皇子たちがだまっているわけがない。よりいっそう、虐めがひどくなる。
だから、見えていないふりをするしかない。
「ミオ……」
「わかっています。ぼくに出来ることがあれば、彼女の力になれればって思います」
「今夜のようにな。紅茶を淹れたのもきみだろう?今夜の紅茶は、ファビオ直伝の淹れ方、だろう?」
「参りました」
思わず、肩をすくめてしまった。
「彼の紅茶は最高だ。まあ、彼は料理も最高だけどね。そうそう。パオロからきいたよ。宰相をやりこめたんだって?」
「やりこめた?そんなたいそうなことではありません。ですぎた真似だったと後悔しています」
「きみは、本当に謙遜家だな。もっとも、そういうところがいいんだが」
「はい?最後の方がよくきこえませんでしたが……」
「なんでもない。さあ、きみも解放だ。いきたまえ」
「はい。殿下、あまりがんばりすぎないでくださいね」
席を立って一礼し、ドアへ向かう。
「ミオ……」
呼ばれたので振り返ると、皇太子殿下も立ち上がってこちらに歩を進めかけた。
「いや、なんでもない」
そして、そう言った。
「おやすみなさい」
不思議に思いつつ、もう一度一礼してから執務室を出て行った。
寮の食堂で食事をする度、注意深く観察してみた。
一番奥の陽当たりのいい窓際の席に、上級メイドとその取り巻きたちが陣取っている。真ん中あたりには中級メイドが。出入り口に近いところに、上級や中級メイドたちの庇護を受けていない下級メイドたちがいる。
アマンダは、当然出入り口に近いところで一人ポツンと食事をとっている。
女性ばかりの職場っていうのも結構大変なのね。
故郷では、ここほどメイドの数は多くなかった。上級とか中級なんてものもなかったから、みんな仲がよかった。
『自分で出来ることは自分でしなさい。メイドの人たちは、あなたたちのお手伝いをしてくれるのです。あくまでもお手伝いです。いつも感謝なさい。彼女たちがいなかったら、あなたたちは不自由をすることがたくさんあります。けっして感謝の念を忘れてはなりません』
お母様は、いつも口を酸っぱくしておっしゃっていたらしい。だから、身の回りのことや生活をする上で最低限のことは自分でやった。それから、掃除や洗濯など自分で出来ることは手伝ったりもしていた。
みんなが和気あいあいとしていて、笑顔が絶えなかった。
それにくらべたら、ここはピリピリしすぎている。窮屈でもある。
メイドたちには、寮内はもちろんのこと皇宮内で会ってもかならず笑顔で挨拶するようにしている。
それは、人として当たり前のことではあるんだけど。
上級や中級のメイドたちは、最初はかたい表情で頭を下げるだけだった。わたしが皇太子殿下の側近だからである。だけど、根気よくつづけた。挨拶だけでなく、『今日はいいお天気ですね』とか『今日の髪留めも可愛いですね』とか、そういうちょっとした言葉もそえるようにしてみている。
しだいに彼女たちの警戒心がとかれてきた。だから、最近では会話をしてくれるメイドもいる。
こういうことは、積み重ねが大事なんですもの。
馬の調教と同じよね。
それはそうと、食堂でアマンダといっしょになったときには彼女とおしゃべりしながら食事をする。
彼女は、やはり素朴で可愛らしい女性である。
彼女の口から、故郷にいる家族の話や子どものころの話をきくのがいつしか楽しみになっている。
そんなときに視線を感じるのでそちらを見ると、窓際に陣取っている上級メイドたちがこちらを見ている。
愛想よくニッコリ笑って手を振ると、上級メイドたちははっとして視線をそらしたりうつむいたりする。
まっ、いいんですけどね。
「あの、ミオさん」
それに気がついたのでしょう。アマンダが小声で言った。
「その、不躾なんですけど……」
「え?なんでしょうか?」
「その、あの、付き合っている女性はいらっしゃいますか?」
アマンダは、そう尋ねてから真っ赤になって俯いた。
テーブルの上のカップから、アップルティーのほの甘い香りが漂ってくる。
はい?付き合っている女性?
わたしが、女性と?




