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パオロとミオ

「宰相、つまらん話はいい。はやく婚約者候補とやらに会いに行こう」


 わたしたちの間でバチバチと火花が散って緊張感あふれるこの場で、第一皇子だけはどこかちがうところにいるみたい。


 彼は、呑気にそう言った。


「宰相閣下。この国にきて、驚いたことがたくさんございます。一番驚いたことは、皇都の人々はもちろんのこと辺境の地にいたるまで、人々が満ち足りた生活を送っていることです。さすがはソルダーノ皇国と心から感動いたしました。そんな政治や経済を統べていらっしゃいます宰相閣下こそ、この皇国の太陽と表現しても過言ではありません。そんな方にお会いできて、光栄以上のものを感じております。あの、宰相閣下、握手をしていただけませんか?今後の励みにさせていただきたいのです」


 満面の笑みで言ってやった。


 すると、宰相はこんな反応が返ってくるとは思ってもいなかったんでしょう。


 彼の目は、まるでニンジンを取り上げられた馬みたいに点になっている。


「宰相閣下、ダメ、でしょうか?」


 きわめつけに、ねだってみた。


「あ、ああ。ありがとう」


 彼が手を差し出してきた。ペンですら握ったこともないような皺の一つもないきれいな手である。


 思いっきり握りしめ、音がブンブンするほど上下に振り回してやった。


「うわわっ」


 宰相の上半身が上下に揺れまくっている。


 もともと握力は男性並みにある。たぶん、幼いころから乗馬や剣術など、やんちゃなことばかりしているからでしょう。しかも、最近はすっかり体力がついてしまっている。


「いたたたっ」


 宰相は、わたしの握力に耐えかねたのか渋面を作った。自慢の眼鏡が、鼻からずれてしまっている。


「あ、これは失礼いたしました。あまりにもうれしくって、つい興奮してしまいました。宰相閣下、今後ぜひともいろいろご教授ください」

「あいたた……。わ、わかった」

「第一皇子様、素敵な婚約者候補がいらっしゃるといいですね」


 つぎは、はやく女性に会いたくてイライラしている第一皇子にニッコリ笑って言ってみた。


「そうだね。行ってくるよ」


 すると、第一皇子もにっこり笑った。


 それから、彼は即実行に移した。つまり、踵を返すなり足早に去って行ったのである。


「皇子」


 宰相が慌てて追うと、取り巻きたちも慌てて駆けだした。その中の何人かは、わたしを驚いた表情で見ていたみたい。



「ミオ。きみには恐れ入ったよ」


 パオロは、一団が消え去ってからつぶやくように言った。


「あんな狼狽えた宰相など、はじめてみた。きみは大人だな」

「パオロさん、ぼくのせいで申し訳ありません。皇太子殿下の名誉まで傷つけてしまいました」


 どちらからともなく歩きはじめた。


「連中は、太陽が雲に隠れただけでも殿下のせいにする。だから、きみは気にする必要はない。それよりも、わたしのほうが礼を言いたい。ありがとう。いまのきみの機転で、わたしは救われた。すっきりもしたしね」


 パオロは、胸元の資料を抱え直してから言葉を続けた。


「わたしの家は、もともと男爵だったんだ。父は真面目な官僚で、公明正大な人だった。あるとき、不正が発覚した。公費の使い込みさ。ほかの官僚たちが見てみぬふりをしていたのを、父が直訴したんだ。だが、その相手が悪すぎた。宰相派の伯爵だったわけだ」


 彼は、また資料を抱え直した。


「その後は……。想像できるだろう?宰相はその件を揉み消したばかりか、使い込みをしたのが父だと弾劾した。あっという間だったよ。爵位剥奪、父は投獄され処刑。わたしも投獄された。おそらく、処刑されるはずだった。それを、皇太子殿下、当時はまだ皇子だったんだが、とにかく殿下が救ってくださった。どうやったのかは、いまだに教えてはくれないがね。それと、どうして助けてくれたかという理由についても、いまだに謎のままさ。その理由はどうあれ、わたしは誓ったんだ。殿下のために一生を捧げよう。殿下を信じ、ついて行こう、と」


 パオロは、そう言ってこちらに首を傾け苦笑した。


「だから、きみのさっきの応対にスカッとしたわけだ」

「すみません。そういう事情があったなんて……。ああいう人は、こちらが憤ったり泣いたりするのを見るのを楽しみにしていると思うのです。あなたがぼくをかばってくれたとき、彼がニヤッと笑ったのを見ました。だから、逆の態度に出てみたんです」

「すごい洞察力と判断力だな」


 そんなごたいそうなものじゃない。


「あの、パオロさん。ぼくにもっとたくさんのことを教えてください。ぼくに何が出来るってわけではありませんが、皇太子殿下のために何かをしたいんです。ぼくも、皇太子殿下とエドモンド様に拾っていただいたばかりか、たくさんのチャンスをいただいています」

「ミオ、心強いよ。きみとわたしとで、皇太子殿下を守るんだ」

「はい」


 パオロと握手をした瞬間、二人の胸元から資料が落ちてしまった。


 二人で同時に顔を見合わせ、笑ってしまった。

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