第一皇子と宰相
その日、パオロに座学を受けた。
もう間もなく、東方地域にある大国トラパーニ国の第一王子がやってくるらしい。
じつは、トラパーニ国はわたしの祖国タルキ国の隣国にあたり、常にタルキ国を狙っている大嫌いな国である。人質をしょっちゅう要求してきて、お兄様たちが順番に何年間かずつそこですごしている。
少し前、やはり人質を差し出すよう要求してきた。王女を、である。だけど、同時にサラボ王国からも王女を差し出せと言ってきた。
二番目のお姉様がトラパーニ国に、三女のわたしがサラボ王国に、それぞれ行くことになった。
わたしが先にサラボ王国に出発したけれど、その後すぐにソルダーノ皇国に滅ぼされたので、二番目のお姉様はトラパーニ国に行かなかったのかもしれない。
それだったら、いっそ行っていた方が無事にすんだかもしれない。
トラパーニは、国力、軍事力共にソルダーノにひけを取らない。
サラボ王国のように、タルキ国の王女を人質にとっていることで、後難を怖れてその人質を貴族に下賜するようなことはないはずだから。
それはともかく、そのトラパーニ国の第一王子がやってくる為、パオロがトラパーニ国についていろいろレクチャーしてくれたわけである。
皮肉な話だけど、常にトラパーニ国に怯えているわたしたちは、この皇国の人よりもその国についてよくわかっている。
もちろん、そんな知識をひけらかすつもりはない。
いくらなんでも、サラボ王国の貴族に虐待を受けていた馬丁が、トラパーニ国について知っているわけがないのだから。
そのあと、会談が行われる予定の会議室を見せてもらった。
他の多くの部屋や広間と同様、窓がたくさんあって開放的である。
長いテーブルの左右にそれぞれ十席ずつの椅子が並んでいる。
どんな話し合いが行われるのかしら?
祖国は、外交面も弱かった。
どこの国も、まともに相手にしてくれなかった。
ほんと、弱小国家よね。
だけど、そんな祖国が大好きなことにかわりはない。
会議室から、わたしたちの執務室に戻る途中の大廊下で、前方から集団がやって来るのに出くわした。
「ミオ。第一皇子に会ったことは?」
「お見かけしたことはあります」
「前からくるノッポがいるだろう?あれがそうだ」
パオロの言う通り、一団の先頭をノッポの青年が歩いてくる。
近づいてくるにつれ、本当に眼前のノッポと皇太子殿下やエドモンドが、同じ父親の子どもなのかしらって疑わしくなってくる。
わたしも見てくれが悪いから、他人のことをとやかく言うつもりはない。だけど、彼は一目見ただけで「ムリです」って言いたくなるほど品がない。外見ではない。内面が、その表情にありありと浮かんでいる。
もっとも、黄色のジャケットと同色のズボンという出で立ちだけで、致命的にムリなんだけど。
「不要なトラブルはごめんだからな。脇へよけよう」
知的でクールなパオロの提案に同感である。だから二人で廊下の端により、軽く頭を下げた。
ノッポの皇子は、わたしたちが目に入らなかったらしい。そのまま通りすぎようとした。が、その隣にいる初老の男性が、こちらを一瞥してから足を止めた。
宰相のジョルダーノ・マンティスである。
現在、この皇都で一番権勢をふるっている政治家である。
正妃の実兄で、それはつまり、三人の皇子たちの伯父ということになる。
「これはこれは。皇太子殿下の側近たちじゃないか」
銀髪が射しこんでくる陽光を受けて光っている。
あー、やだやだ。一番いやなタイプだわ。
それが、わたしの彼にたいする印象である。
「へー、貧乏人の子の側近?」
ノッポの皇子も立ち止まり、体ごとこちらに向き直った。
ジロジロと無遠慮に上から見下ろされているけど、皇太子殿下やエドモンドに感じるようなドキドキはまったくしない。
「誉れ高き第一皇子様、お初にお目にかかります。皇太子殿下の側近を務めさせていただいていますミオ・マッフェイでございます。お会いできて光栄でございます」
上半身を折ってさっと一礼した。
「女の子みたいだな。それに、髪が真っ赤だ」
彼のこの言葉だけで、程度が知れた。
すくなくとも、皇帝陛下は正しい判断をされた。
あまり人を悪く言いたくはないけど、これはひどすぎる。
「ふふん。皇子。その華奢な赤髪は、小国サラボ王国の馬丁をやっていたそうですぞ。そんなクズを側近にするなどとは……」
「宰相。お言葉ではございますが、彼は皇太子殿下がお認めになった才能のある逸材です。さきほどの宰相のお言葉は、皇太子殿下を非難するのと同様と受け取れました」
「控えよ、この没落貴族めが。何度でも言ってやる。皇太子殿下は、やることなすことすべてこのソルダーノ皇国のスカルキ家に泥をぬっているんだ。せめて側近が諫めねばな。でないと、そう遠くないうちに足元をすくわれることになるぞ」
なに、この銀髪親父?いきなり脅してくるわけ?




