内情
住いは、皇宮勤めの使用人たちの居住棟の一室を割り当てられた。
メイドや調理人たちのほとんどが二名一室なのに、わたしは一人で一室を使ってもいいらしい。
居住棟じたいがまだあたらしい。つい最近、建て替えたばかりである。
ふかふかの寝台が二つ、机に椅子、大きめのクローゼットも二つある。バルコニーまでついていて、窓ガラスからは陽が射しこんでくる。三階建てで、一階と二階はメイドたち、つまり女性専用、三階は調理人や馭者や庭師など男性専用、それぞれトイレとお風呂が備えられている。
一階には食堂と厨房があり、調理人たちが交代で食事を作ってくれる。食堂には、もう一棟近衛兵たち専用の棟があり、彼らも食べに来る。
他には居間のスペースもあり、お茶を飲んだりお喋りをしたり自由にすごすことが出来る。
祖国タルキ国の王宮にも使用人棟はあるけれど、比較するのがバカバカしいほどタルキの王宮のそれは低レベルである。
それはともかく、わたしは男性だから当然三階になるはずが、あいにく三階は一室も空いていない。よりにもよって、女性専用である二階のこの一室しか空いていなかった。
複雑な気分。でも、ホッとしたのは言うまでもない。
まずは、この寮の寮長に挨拶しなければならない。
皇太子殿下の側近のパオロから忠告されたからである。
「寮長のベッティーナ・ルビーニです。副メイド長を務めています」
寮の居間でわたしの前に立っているのは、いかにも厳しそうなベテランのメイドである。
うしろに一つにまとめたブラウンの髪には白いものが混じり、鋭角的な顔に眼鏡がきらりと光っている。
ううっ……。
祖国で授業を受けていた、マナーの先生にそっくり。
もう名前も忘れてしまったけど、彼女の躾は厳しかった。すぐに叩かれてしまった。
それを思いだしてしまう。
「ミオ・マッフェイです。よろしくお願いします」
「あなた、ずいぶんと華奢ね」
彼女は、無遠慮にわたしを眺めまわしている。
「部屋が女性用の階しか空いていないの。悪いけど、お風呂やおトイレは三階をつかってちょうだい」
「は、はい」
そう答えるしかない。
「それと、メイドたちは皇族の方々のお世話をするものであって、ここで寝起きするろくでなしどもの洗濯や掃除をするものではありません。そこのところ、勘違いしないように」
「は、はい」
ということは、男性たちが頼んだりするわけね。
そこは大丈夫。自分でちゃんと出来るから。
「あなた、華奢で可愛い感じだから、気をつけてね」
「は、はい?」
最後の忠告の意味がわからなかってけど、彼女は踵を返して居間を出て行ってしまった。
そんなこんなで、いろんなところに挨拶をしに行ったり紹介されたりとそれだけでしばらく忙殺されてしまった。
仕事は、皇太子殿下のいわゆる使い走りである。
そこではじめて知った。
本当の意味での側近が、パオロ一人であるということに。
皇宮でいろんな人に会い、噂をきいた。
正妃の息子、つまりほかの皇子たちをその座に据えようと画策している派閥があるらしい。
皇太子殿下という身分でありながら、もともと皇太子殿下やエドモンドには有力な後ろ盾がない。だから、ちょっとしたバランスの関係で、いつなんどきどうなるかわからない。
そんな微妙な関係の中、皇太子殿下はエドモンドとパオロと奮闘している。
だけど、わたしが味方をしたところで、それこそ何の役にも立てそうにない。
皇帝陛下には、正妃との間に三人の皇子がいる。
その三人は、控えめにいってもダメダメである。
上から順にノッポとチビとデブの皇子。
その三人の母である正妃は、皇都で権勢をふるう伯爵家五家の筆頭マンディス家。現在の当主は、正妃の実兄で政治のすべてを掌握する宰相である。
パオロ曰く、欲の塊、らしい。
他国への侵略だけでなく、ソルダーノ皇国の皇民から税を徴収すればいい。
上流階級以外はすべて支配される側であり、搾取するのが当たり前。
搾り取り、搾りとれなくなったら廃棄すればいい。
そう公言してはばからないらしい。
悲しいことに、そのかんがえに賛同する上流階級はすくなくない。だからこそ、勢力がおおきくなる。
一方で、皇太子殿下は、皇民のことをまずかんがえる。上流階級は、皇民に生かされている。だからこそ、よりよい生活を保障しなければならない。
皇族もふくめ、生かされている側は二の次でいい。
そう公言している。
そんな内容は、上流階級が面白く思うはずがない。
だから、敵が多くなる。
いいえ。敵しかいなくなる。すくなくとも、味方はかぎりなくすくない。
皇宮で働くようになって一週間。あっという間にすぎてしまった。




