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弟であり親友である立場って……

「殿下とエドモンド様にとって、ここは聖地なんですね」


 皇太子殿下が言ったことは、わかるような気がする。


 周囲の環境がかわろうと、不変のものはある。それだけは、維持したい。彼らにとって、この場所こそ唯一無二の聖地なのかもしれない。


「まさしく、その通りだな」

「聖地、か。そうだな」


 皇太子殿下とエドモンドが同時に言った。


「でも、どうしてこんな大切な場所に連れてきてもらえたのでしょうか」


 素朴な疑問である。

 誰にも知られたくないのに、どうしてわたしを案内してくれたのか不思議である。


 最初は、皇太子殿下をまともに見ることが出来なかった。だけど、彼の意外な面を見つけるたびに、少しずつ見ることが出来るようになってきた。


 いまも尋ねてから右側に腰かけている彼を見てみた。


 一瞬、皇太子殿下がハッとしたような表情になった。


「そう言えば……。なぜだろう?エド、おまえはどうだ?」


 彼はわずかな間かんがえてから、エドモンドに尋ねた。


「正直、わからない。兄さんが『ミオを例の場所に連れて行ってみよう』って言ったとき、ぼくはただ単純にそれはいいかんがえだって思った。ううん。ちがうかな?兄さんが誘わなければ、ぼくが提案したかもしれない。ミオにこの景色を見せたかった。ただそれだけだよ」

「おれも、そうかな。明確には答えられそうにない。しいて言うなら、この景色をきみに見てもらいたかった、だろう」


 だから、どうして見せたかったの?


 それを知りたいんだけど。


 でも、わからないのなら仕方がないわね。

 きっと、バルドやリコの調教のお礼にってことなんでしょう。


 逆に、それ以外かんがえられないわね。


「うれしいです。この景色、生涯忘れません」


 この景色を見せたい理由がなんであれ、とにかくその気持ちがうれしい。


 だから、素直にお礼を言った。


「気に入ってくれたのなら、また来よう。兄さんも、休みを取る正当な理由ができるだろう?」

「おいおい、そうそう休めるものか。だが、エドの言う通りだ。またくればいい。ここからの景色は、時間帯によってもちがうし、季節によってもまったくちがう。そのときどきの景色を、ぜひとも見てもらいたいものだ」

「それはぜひ見てみたいですね」


 朝、昼、夜、それから春夏秋冬。


 この国には四つの異なる季節がある、と師匠からきいている。


 馬の管理も、その季節に合わせて行うのである。


「なんだ、エド?」

「兄さんがぼく以外のだれかに愛想がいいって、めずらしいこともあるんだね」


 左隣でエドモンドがクスクス笑いながら言った。


「ほう……。焼きもちか?」


 皇太子殿下が、右隣でやり返した。


 そっと彼をうかがうと、驚いたことに満面の笑みになっている。


 この国に来て、一番の驚きかもしれない。


 エドモンドは、笑顔が素敵である。ふだんから笑顔でいる彼は、それだけで惹きつけられる。


 だけど、皇太子殿下のいまの笑顔は、それよりもさらに素敵である。心の底からのその自然な笑顔に、面食らったと同時にクラクラしてしまった。


 もちろん、本当にクラクラするわけにはいかないけど。


「なぜだろうな。さきほどの話ではないが、やはりわからない。もしかすると、ミオは手のかかるもう一人の弟みたいに思っているのかもしれない」

「はあ?手のかかるもう一人の弟って、ぼくが手がかかると?」

「冗談だ、エド。そう怒るな」


 弟……。


 それをきいて、残念に思ったことに自分でも驚いてしまった。


 どうして残念に思うの?


 って、それはそうよね。


 わたしは男なんですもの。弟って思ってもらえるだけありがたいことじゃない。


 いいえ。ちがうわ、わたし。そこじゃないでしょう。


 あ、そうか。もしかして、男としてでさえ、恋愛の対象になっていないことが残念なのね。


 まさか、とは思うけど、女としてのわたしが残念って思っているわけじゃないわよね?


「そういうおまえはどうなんだ?おまえだって、いつもはリベリオとモレノと三人でつるんでバカばかりしているじゃないか」

「その三バカが、いま現在ソルダーノ皇国軍の中心なんだ。わが国もおしまいだよね」


 エドモンドは、またクスクス笑いはじめた。


「ぼくも兄さん同様わからないよ。ミオは、そうだな。あの二人とはまた違った意味での気の合う親友、みたいなものかな」


 エドモンドはクスクス笑いをやめると、わたしに微笑んでからそうつづけた。


 親友……。


 またしても残念に思ってしまった。


 なぜ?どうしてなの?


 混乱に襲われてしまった。


「親友か……」


 皇太子殿下は、エドモンドとわたしを交互に見た。


「それで?おれをだましたのはどういう理由からだい?」

「だました?」


 突然話が飛んでしまい、思わずエドモンドの方を見てしまった。


「ミオ、きみのその傷のことだ」


 皇太子殿下はいたずらっぽい笑みを浮かべ、わたしの目尻の傷をきれいな指先でやさしくなぞった。


「そうだろうな。勘のいい兄さんをだませるわけはないよな」


 ということは、皇太子殿下はだまされたふりをしていたわけね。


 急に恥ずかしくなった。

 同時に、とんでもなく無礼なことをしてしまったと、自分の愚かさを痛感した。


 しょせん、嘘をついてまで傷のことをごまかしたのは、ただの自己満足にすぎなかったのである。


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