巨樹からの絶景
ローストをした肉と新鮮な野菜をはさんだサンドイッチとチーズ、それから保温瓶の紅茶をお腹いっぱいいただいた。
サンドロも新人メイドのアマンダも、景色を眺めつつ食べていた。
とってもとっても美味しかった。
師匠の手料理も、いつも食べすぎてしまう。
このままだと太ってしまう。
もう遅いかも?
でも、祖国を出てからこの国に来るまで、ろくに食べさせてもらえなかった。だから、そのときの分も含めて食べても大丈夫よね?
ということにしておく。
昼食後、皇太子殿下とエドモンドに連れられ、森の中を駆けている。
もちろん、自分の足でじゃない。それぞれの馬が、である。
「まるで風、だな」
「これで木々のない見通しのいいところだったら、とんでもなく疾駆出来るでしょうね」
前方から、皇太子殿下とエドモンドの会話が風にのって流れてくる。
彼らの言う通りだわ。
三頭とも、まるで風みたい。
しばらく疾駆した後、二人はじょじょに速度を落としていった。
エドモンドはともかく、皇太子殿下の乗馬の腕前はかなりのものである。
馬が二頭並べるほどの広さの道から獣道に入るころには、並足になっていた。
獣道を、さらに奥へと進んでゆく。
すると、目の前に大木が見えてきた。
いいえ。大木なんて言うものじゃない。
まるでお話に出てくる魔法樹のように神秘的で立派な立派な巨大樹である。
「この樹は、このソルダーノ皇国で一番古く、この国を見守っていると伝えられている」
「すごく荘厳ですね。たしかに、なんでも見て、知っている気がします」
皇太子殿下の説明をききながら、ガイアから降りて巨樹にちかづいた。樹皮はコブだらけで、ところどころ穴が出来ていたりめくれていたりする。
それでも、生命力と躍動感がある。
これからさきも、ずっとずっとこのソルダーノ皇国を見守り続ける。
そんな気がする。
そっと樹皮に触れると、生命力が感じられ、元気をもらえる気がした。
リコから飛び下りたエドモンドが、巨樹の大きな枝にサッとのぼった。
「兄上」
彼は、頭上から手を差し伸べた。
「兄さん」
それから、照れ笑いを浮かべて言い直した。
昔、まだ自由だったころに呼んでいたのでしょう。
皇太子殿下はその手をつかみ、最初の枝にのぼった。
「エド、おれはいい。彼を助けてやってくれ」
「了解。ほら、ミオ」
差しのべられた手。それをつかむと、エドモンドは軽々とわたしを引き上げた。
お礼を言うまでに、彼と視線があった。一瞬、彼がハッとしたような表情になった気がした。
その間に、皇太子殿下は身軽に巨樹をのぼっていっている。
「ミオ」
隣から呼ばれ、エドモンドの方を見た。
「高いところは大丈夫かい?」
「え?大丈夫だと思います」
「兄さんについていって。大丈夫。ぼくがすぐ下にいるから」
「は、はい」
エドモンドに言われるまま、皇太子殿下と同じところに手をかけ、足を置いてのぼってゆく。
そして、皇太子殿下は一際大きな枝に達すると、そこを歩きはじめた。足元に注意をしつつ、ついてゆく。
「大丈夫。うしろにぼくがいる」
うしろからエドモンドが声をかけてくれた。
絶対に大丈夫。そんな気になってくる。
「ほら、つかまって」
ある程度まで進むと、皇太子殿下が振り向いて手を差しだして来た。
その手をつかむと、軽く引き寄せられた。
ありがたいことに、今回は静電気は起きなかった。
まあ、ここは乾燥してないものね。
そして、気がつけば彼の胸の中にいた。
ドキドキがはじまった。
「ほら、見てごらん」
頭の上から、皇太子殿下のやさしい声が落ちてきた。
言われるまま、横を向いた。とはいえ、まだかれの胸の中にいる。
ドキドキがどんどん増している。
離れたいけど、彼に手を握られているままだし、彼のもう片方の手はわたしの腰にまわされているから離れることが出来ない。
そんなとんでもなくドキドキの状態ではあるけれど、横を向いた途端さらに素晴らい景色が目に飛び込んできた。
先程見た広大な小麦畑と湖に加え、すぐ眼下に鬱蒼と茂る木々の緑色が広がっている。
この三つは、うまい具合に融合しあっていて、あらたな感動を呼び覚ましてくれる。
「この巨樹がソルダーノ皇国をずっと見つめているというのも、まんざら嘘じゃないって思える景色だろう?ここだけは、ほかの誰かに教えたくない。おれとエドだけの秘密の場所だ。もっとも、知っている人はほかにもいるんだろうがね。すくなくとも、おれたちの知る者の中にはいない。おれたちは、子どものころから嫌なことがあるとやって来て、この景色で癒された。だから、この場所にきたときだけは、子どものときに戻れるんだ。自分自身をおれとかぼくとか言ってね」
皇太子殿下が解放してくれた。
それから、三人そろって大枝に腰をおろした。
わたしを真ん中にして。




