遠乗り当日
翌朝、皇宮に赴いた。
師匠は遠乗りに行かないけれど、見送ってくれるという。
エドモンドといっしょに買いに行った乗馬服に身を包んだ。
皇太子殿下のプレゼントだという。
皇宮に赴いて驚いてしまった。
てっきり、お付きは近衛兵だけだと思っていた。
たしかに、近衛兵もいるにはいる。だけど、それ以外の人たちもいる。
「ミオさん」
この前、直筆の絵を見せてくれたサンドロが駆けてきた。
「サンドロさん」
「おはようございます。この前は、あの、かばってくれてありがとうございました」
「いいんですよ。それよりも、素敵な絵を見せてもらって、感謝しています」
「じつは今日、お供させてもらえることになりまして」
彼は、近衛兵ですものね。当然だわ。
でも、そのわりには近衛兵の制服ではなく、シャツにズボン姿なのね。
「素晴らしいところなので、ぜひとも描いてみては、と。皇太子殿下よりお誘いを受けまして」
「それはよかったですね。また素晴らしい絵を見せてもらえそう」
「がんばります」
彼は、絵の道具がはいっているであろう大きなカバンを肩に担ぎ直すと、馬車の方に歩いて行った。
その馬車は皇族が使うような立派なものではなく、貴族クラスが使うようなものである。
数人のメイドが、バスケットをいくつか運び込んでいる。
その中の一人は、このまえ皇太子殿下の執務室で紅茶を運んできてくれたアマンダである。
彼女がこちらに気がついたのでこっそり手を振ると、彼女は満面の笑みで手を振り返してきた。
緊張していなければ、彼女もあれだけ自然で素敵な笑顔だし、動きだってきびきびしているのに……。
でも、皇太子殿下はわかっていらっしゃる。彼女もじきに慣れるでしょう。
「おはよう、ファビオ、ミオ」
「坊ちゃん、えらいまたごたいそうな遠乗りですな」
「おはようございます、エドモンド様」
今朝は、エドモンドも乗馬服姿である。
「ミオ、傷の具合はどうだ?」
「エドモンド様のお蔭で、痛みもありません」
今朝、昨夜もらった傷用のテープをはりかえた。
「よかった。傷痕が残らなければいいのだが」
「縫うほどではなかったですし、男だったら傷の一つや二つあったほうが男らしいかもしれません」
まぁ、実際のところ傷は残らないと思う。かりに残ったとしても、顔を近づけないとわからないほどだから問題ないわ。
わたしが明るく答えると、エドモンドは苦笑した。
「リベリオとモレノも心配していた。リベリオが、あらためて謝罪に行くって言っていたよ」
「リベリオさんが?どうしてですか?」
「自分が彼女を煽ってしまったから、らしい。まあ、彼は彼なりに幼馴染の非礼を許せない気持ちとどうにかしてやりたいっていう気持ちがあるんだろう」
「おっしゃる意味がよくわかりませんが……。ですが、リベリオさんのせいではありませんので」
「それで?ガキどもはついて行かないのですか?」
「二人は、演習の指揮があってね。今日はついてこれない。それはそうと、近衛兵やメイドとずいぶんと人数が多くなって……。昔のように、ちょっと馬に乗って来るというわけにはいかなくなってしまった」
「当然でしょう。なにせ、皇太子殿下とその実弟なのです。いくら坊ちゃんがこの国一番の剣士と言っても、どこで何が起こるかわかりません。そんなときに、近衛兵の一人もいないとあっては、近衛兵だけではない。この皇国じたいの軽重が問われます。おっと、上の坊ちゃんだ」
師匠の視線を追うと、近衛兵に囲まれて皇太子殿下がさっそうと皇宮の階段を降りてきた。
乗馬服姿もまた、キラキラきらめきまくっている。
彼は、近衛兵たちになにか言ってからこちらにやってきた。
近衛兵たちは、それぞれの馬のところに散ってゆく。
「おはようございます」
エドモンドと師匠とともに、頭を下げて迎えた。
「おはよう」
あいかわらず冷たい感じの表情ではあるけど、今朝はほんのすこし和らいでいるような気がしないでもない。
「ミオ。その目の傷、どうしたんだ?」
たしかに、傷用のテープをはっていたら目立つわよね。
「それが、昨夜……」
「ぶつかったのです」
エドモンドが言いかけたところを、さえぎった。
「ぼくはそそっかしくって。馬房の扉にぶつかってしまい、眼鏡が割れて……。ですが、たいしたことはありません」
わたしの横で、エドモンドと師匠が顔を見合わせている。
ロゼッタをかばうつもりはないけれど、皇太子殿下のせっかくの休日ですもの。大好きな馬に乗って大好きな場所に行くというのに、不快な思いはさせたくない。
「ねっ、師匠?師匠に、「どんくさい」って叱られました」
「あ、ああ、ああ。ミオは、しょっちゅうどこかにぶつかったりぶつけたりしている」
師匠が合わせてくれた。
「そうか。気をつけろよ。たいしたことがなくってよかった。それで、眼鏡は?」
「はい。ここに来てからかどうかはわかりませんが、最近、視力がよくなってきています。もともと持っている眼鏡もありますし、しばらくはかけないでおこうかなと。あ、それよりも殿下、乗馬服、ありがとうございます。まさか、こんなに素晴らしい服を着て素晴らしい馬に乗れるなんて思ってもいませんでした」
「似合っているな」
皇太子殿下は、一つうなずいた。
「エドモンド、すまない。おまえさえいれば、近衛兵全員よりもはるかに安全だということはわかっている。だが、オレステがどうしても譲らないのだ」
「兄上、おおげさすぎます。それに、オレステの譲らない気持ちはよくわかります。昔のようにいかないのは寂しいですが、大人数でも楽しめるはずです」
「そうだな。では、出発しよう」
皇太子殿下にバルドの手綱を手渡した。
「バルド、よろしくな」
すると彼は、バルドの鼻をやさしくなではじめた。
バルドは、気持ちよさそうに瞼を閉じている。
驚いてしまった。
彼のこんな表情、めったに見ることができない。
そして、わたしもガイアに跨り、わたしたちは皇宮を出発した。




