ドキドキの手当て
眼鏡がなかったら、扇の先端が目を傷つけてしまったかもしれない。
眼鏡のお蔭で、左目の端を切っただけですんだ。
エドモンドは、怒り狂うリベリオを止めるようモレノに命じ、すぐにわたしを介抱してくれた。
それこそ、侯爵令嬢などまったく無視して。
馬たちは、師匠が引き受けてくれた。
人間の暴力を目の当たりにしたバルドたちには、フォローが必要である。
わたしもしたかったが、さすがにエドモンドに叱られてしまった。
そうして、彼がわたしを部屋に連れて行ってくれ、手当までしてくれた。
かんがえてみれば、もともと彼は軍人である。だから、応急手当くらいの知識を持っていて当然である。
わたしがアルコールや傷薬のある場所を伝えると、彼はすぐに取りに行ってくれた。
その間に、清潔な布やガーゼを準備した。
居間の方で、リベリオとモレノが言い争いをしている。
いつもクールなリベリオが、あんなに熱くなるなんて……。
「ミオ、ほら座って」
部屋に一つだけある椅子に座ると、エドモンドは手際よくわたしの傷を確認しはじめた。
「リベリオさんとモレノさんが……」
彼との距離が近すぎて居心地が悪い。だから、何か言わねばと言ってみた。
「悪かった。もっと早く、彼女を追いかえすべきだった。わたしは、彼女のようなタイプが苦手でね。ちょっとしみるよ」
彼は布にアルコールをしみこませ、それをそっと傷口に当てた。
普通に痛い。
声を出しそうになったけど、何とか呑み込んだ。
男子たるもの、このくらいの傷で悲鳴など上げるものではない。
そうよね?
「彼女は、この皇都に二家ある侯爵家の内の一家のご令嬢なんだ。同様にもう一家の侯爵家であるリベリオと、幼馴染のくせにあまり仲がよくなくってね」
え?リベリオって侯爵家子息だったんだ。
たしかに、思慮分別のあるところなど、それっぽいかしら。
「さきほどの彼女の態度でわかっただろう?彼女は、兄上やわたしを蔑んでいる。彼女が好きなのは、皇太子や皇子という地位であって、ベルトランドやエドモンドという一人の男ではない。残念ながら、いまのところわたしたちの周囲はああいうご令嬢ばかりでね。兄上もわたしも、正直うんざりしているんだ。まさか、きみのことを探り当ててくるなんて思いもしなかった。ミオ、本当にすまない」
「あなたのせいじゃありません。エドモンド様こそ、ぼくのせいで誤解されて……」
そこまで言いかけ、はっと気がついた。
そうだわ。わたし、男、よね?
誤解されてって、どういうこと?
自分で言っておきながら、その意味をはかりかねてしまう。
「よかった。たいした傷じゃないよ。消毒をして薬をぬっておいた。二、三日、この傷用テープをはっておけばいい。水や埃などを防いでくれる。これは、交換用。一枚は、いまはっておこう」
彼は前かがみになり、小さな傷用テープをわたしに見せた。
やだ……。
どうしてドキドキするの?
彼とは、このところよく二人っきりになっていたのに。
これだけ距離が近いと、意識してしまう。
差しだされたテープを受け取ろうとして、眼鏡をかけていないことに気がついた。急にかけていない状態になったので、それはそれで感覚がつかみにくい。
またしても目測が誤ってしまい、彼の手に触れてしまった。そして、同時に手をひっこめた。
「申し訳ありません」
ドキドキしながら謝罪した。
あまりにもドキドキしすぎていて、声を作るのを忘れてしまっている。
「ミオ……、きみは……」
エドモンドの顔に、これでもかというほど驚きの表情が浮かんでいる。
彼の碧眼に、短い赤髪のわたしが映っている。
いまさらながら、こんな男、男らしくもなんともないなと感じる。かと言って、真実のわたしは侯爵令嬢のように女性っぽくもない。
そして、これもいまさらだけど、彼と皇太子殿下は金髪碧眼で美しくって、同じ両親から生まれた兄弟なんだな、と思ってしまった。
それはそうと、彼はなにをそんなに驚いているの?
こんなに顔を近づけているんですもの、もしかしてバレてしまった?
いろんな理由でドキドキしつつ、彼が口を開くのを辛抱強く待った。
「ミオ……。きみは、きみの眼鏡、眼鏡はどうしたんだ?」
思わず、がっくり来てしまった。
そんなに驚くこと?
でも、バレてはいない。よかったわ。




