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侯爵令嬢

 遠乗りの日を明日に控え、バルドとリコとガイアの調子を確認をしていた。


「やあ、ミオ」

「エドモンド様、それにリベリオさんとモレノさんまで」


 今日は、士官服姿であらわれた。


「リコの調子を見に来たんだ」

「最高のコンディションですよ」

「坊ちゃん、ミオが来てから、ずいぶんと厩舎ここに顔を出すようになりましたね」


 師匠がやってきた。


「あ、ああ、そう、かな?それよりも、明日の遠乗りだが……」

「馬たちは問題ありません。ですが、上の坊ちゃんが、めずらしすぎますな」

「わたしも驚いている。バルドのことが、よほど気に入ったんだろう」

「バルド、をね……」

「ミオ、きみも元気そうだな」


 急に微妙な空気が漂いだしたかと思うと、リベリオが話しかけてきた。


「はい。リベリオさんもお元気そうですね」

「相変わらず、酒と女にかまけている」

「おいっ、モレノ。失礼なことを……」


 リベリオがモレノに詰め寄ろうとしたとき、ガタガタと音を立てながら立派な馬車がやってきた。


「おいおい、あの鷲の紋章はカルデローネ家じゃないか」


 リベリオのつぶやきに、エドモンドの表情が曇ったような気がした。


 馬車は、わたしたちのいる馬場のすぐ前で停止した。


 中から執事っぽい正装姿の男性が飛び降りて来た。


 ピカピカの革靴がぬかるんだ地面にめりこむと、男性は露骨に顔を歪めた。


「お嬢様、おやめになった方がよろしいかと。ここの状態はずいぶんと……」

「降ります。手をお貸しなさい」


 執事っぽい人が止めるのもかまわず、馬車の中から煌びやかなドレスに身を包んだ令嬢が降りてきた。


 それはもう美しく派手なドレスである。裾に泥がついてしまう。


 そして、ご本人もたいそう美しい。


 顔の造形は言うに及ばず、金色に輝く髪がまた美しすぎる。


 赤髪短髪のわたしなど、たとえ女性の恰好をしたってくらべものにならない。


「おお、臭い」


 彼女の第一声である。


「そりゃそうだ。ここは、厩舎であって薔薇の咲き誇る庭園じゃないからな」


 さすがは師匠。即座に嫌味で返した。


 が、侯爵令嬢とやらも負けてやしない。それを無視してしまった。


「ロゼッタ、こんなところに何の用だ?」

「これはご挨拶ね、リベリオ。いえ、参謀閣下とお呼びした方がよろしくて?皇宮に来たついでに、将軍閣下のお気に入りの男の子とやらを見に来ただけよ」

「それはそれは、こんな臭くて足場の悪いところにご苦労なことだ」

「リベリオ、いいかげんにして。あなたは関係ないわ」

「いいや、関係あるね。閣下の参謀だからね。閣下と話をしたければ、まずは副官のモレノかわたしを通してもらわなくては」

「ふんっ、野蛮人。これだから、軍関係者は嫌なのよ」


 彼女は、美しい顔に意地悪な笑みを浮かべた。


 でも彼女、頭は残念みたい。


 エドモンドは、彼女の表現するところの野蛮人の上層部の人なのに。エドモンドまで悪く言っていることに気がつかないらしい。


「リベリオ、やめないか。カルデローネ侯爵令嬢、あなたは皇太子殿下の婚約者候補だと記憶しているが。わたしの交友関係に興味を持っても仕方がないかと思うがね」

「閣下、それはちがいますわ。わたしが皇太子殿下の婚約者になれなかったら、自動的にあなたの婚約者になるのです。あなたの場合は、候補ではなく婚約者です。興味を持って不利益にはなりませんわ」

「ロゼッタ、無礼にもほどがあるぞ」

「リベリオ、やめろ」

「しかし、閣下……」


 エドモンドがリベリオを止めている間に、彼女がわたしの前にやってきた。


 それを不快に思ったのか、わたしの左右にいるバルドとリコが小さく鼻を鳴らした。


「まぁ、まるで女の子みたい。血のように赤い頭髪なんて、軍人にとっては不吉じゃなくって?」


 わたしを上から下まで眺めまわし、彼女が言った。


「侯爵令嬢、彼を侮辱するな」


 エドモンドが低い声で言った。


「あら、ご不快ですか?こんなに華奢で臭くって貧乏たらしい下級階層がお好みとは……。閣下、貴族たちの間で噂になる前に、どちらかの令嬢とでもお付き合いをされることをお勧めいたしますわ」

「出て行けっ!ここは、あんたのような高貴なお方が来るようなところじゃない」


 師匠が怒鳴った。


 と同時に、バルドが「フンッ」と鼻から息をふきだした。彼が不快に思っている証拠である。


「キャッ!なにをするの、けがらわしい。やめなさいっ」


 彼女は叫ぶなり、手に持っている扇を振り上げた。


 とっさに体が動いていた。自分でもよくわかっていないまま、バルドをかばっていた。


 扇が振りおろされ、わたしの眼鏡を弾き飛ばした。扇の先端が、皮膚を裂いた。


 頬を何かが伝う。

 鉄のにおいがする。馬糞よりも強烈に。


「ロゼッタッ!」

「リベリオ、やめろ」

「ミオッ!」


 それからがもう大変だった。



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