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兄と弟

「やあ、ミオ」

「エドモンド様」


 馬房の掃除をしている間も、ぼーっとかんがえこんでしまう。


 いきなり声をかけられ、飛び上がってしまいそうになった。


 見ると、馬房の柵にエドモンドが頬杖ついている。


「久しぶりだね。遠乗りの件、きいてくれただろう?今日は、きみの乗馬服を買いに行かないか」

「乗馬服?」


 エドモンドのシャツにジャケット、ズボンという姿は、街にこっそり遊びに行く際の定番の恰好である。


「ああ。その恰好でもかまわないんだが、せっかくだからね。ああ、心配はいらない。兄上がプレゼントしてくれるそうだ」

「皇太子殿下が?」


 当惑してしまった。


「兄上が誘ったんだ。この際だ。一着くらい作ってもいいんじゃないかな?」


 というわけで、街に出かけることになった。


 最初にシャツとズボンを購入した同じお店で、乗馬服を選んだ。


 とはいえ、今回もオーソドックスなデザインの大きめのものにした。


 結局、エドモンドは最初に出してもらった服代も受け取ってくれない。


『リコを調教してくれたお礼だよ』


 そう言って。


 そのことで彼と言い合うのも余計に失礼になる。


 だから、甘えることにした。


 この服代は、近い将来に備えて貯めておくことにする。


 街の食堂で、お腹いっぱい夕食をご馳走になることにした。


「それにしても、めずらしいこともあるもんだ」


 二人して競うようにシチューやパンを食べながら、彼が言った。


 彼は、控えめに言っても堅苦しくない。はやい話が、上流階級のマナーに縛られていない。


 軍人として生活しているだから、なのかもしれない。


 だから、街の食堂でおしゃべりしながら食事をしていてもまったく違和感がない。


 気兼ねする必要がない。


「兄上が一日休みを取るということも驚きだが、遠乗りに行こうって誘ってきたとき、何かよくないことでも起こるのかと身構えたほどだ」

「そんな、おおげさな」


 おどけたように言う彼を、つい笑ってしまった。


「しかも、きみも誘うって言ったんだ。この国に災厄でも訪れるんじゃないかな?」

「エドモンド様」


 結局、彼の呼び方は「エドモンド様」で落ち着いた。


 二人で話し合い、おたがいに譲歩した結果である。


「兄上は、きみのことを気に入ったんだろう」


 パンをかじるのを中断し、彼は真面目な表情になっている。


「まさか。きっと、ぼくの素性がめずらしいからですよ」


 そう答えてみたものの、心の中は穏やかではない。


 もしかして、疑われている?


 あの怜悧な瞳が、わたしの正体を見抜いたのかしら?


「どうだろうか。でも、遠乗りじたは楽しみにしておいてくれ。きみもきっと気に入ってくれるはずだ」


 彼は、食事を再開した。


「じつは、兄上とわたしの母は側室でも身分が低くてね」


 食事を終え、紅茶とデザートのパイを楽しんでいるときに彼が話しはじめた。


「幼いころから、ずいぶんと蔑まれたよ。母もいっしょにね。その心労がたたり、母は病で亡くなった。そのとき、わたしはまだ四つか五つで、兄は八つか七つだった。幼いながらに口惜しくてならなかったのを、いまだに覚えている。母は愛情深く、わたしたちを守ってくれた。だが、わたしには母を守る力も術もなかった。それが口惜しくて口惜しくて」


 彼は、窓の方に視線を向けた。


 すでに街は暗くなっている。街灯がところどころ灯っていて、街の人たちがちらほらあるいている。


 この食堂も、今夜も盛況でほぼ満席状態。


 でも、いつもわたしたちが座るこのテーブル席は、柱の蔭になっていて目立たない。


「兄上は、責任を感じているようだった。母が亡くなってから、兄上の顔から笑顔がなくなった。わたしを守ってくれつつ、兄上は他の皇子を蹴落とす為に必死になった。もともと、兄上はあらゆる点でわたしをふくめた他の皇子より優秀だった。あっという間だったよ。父上、つまり皇帝陛下に気に入られるようになったのはね。「氷の貴公子」の根底には、亡くなった母への想い、それから母を死に追いやった皇族たちへの復讐心があるんだろう。だが、噂ほど冷たくも厳しくもない。どうも誤解されているようでね。みんなが怖がっている。きみも、だろう?」


 やさしい笑みとともに問われたが、なにも答えられなかった。


「弟のわたしは、兄のように優秀ではない。足をひっぱりたくはないが、それでもなんらかの手助けはしたい。だから、軍の幼年学校に入った。ありがたいことに、その学校でリベリオとモレノに出会い、いまだにつるんでいる。だが、兄にはそういう友や仲間という存在がいない。彼は、いつも孤独だ。わたしでは、その孤独感をどうにかすることもできない。それも、口惜しいんだ。いまは、力仕事で手助けをしたいという思いはありつつ、たいして役には立っていない。将軍という地位も、しょせんお情けだしね」


 彼は、そこで言葉を止めた。


「ミオ、す、すまない。こんな話、ききたくもないよな。どうか、泣かないでくれ。つまらない話をして悪かった」


 彼が慌てはじめた。


 そのときはじめて、自分が泣いていることに気がついた。


 頬に涙が伝っていることに、このときになってはじめて感じた。


 エドモンドは、頭をかきつつ話題をかえた。


 そのあと、馬の話で盛り上がった。


 

 この日以降、遠乗りを心待ちにしていることに気がついた。

 それに、自分でも驚いてしまった。


 師匠にもからかわれてしまった。


 皇太子殿下は感情表現が乏しいし、下手くそなのでどんな表情や口のききかたをされても気にしないよう、アドバイスされた。


 その瞬間、思わず笑ってしまった。


 だって、それはまさしく師匠のことなんですもの。


 笑われた師匠は、ちょっとすねていた。

 自分でもそのことに気がついたらしい。


 可愛いかも。


 そんな師匠が愛らしく思えた。


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