新たなる決意
「ミオ。本題なんだが、来週、久しぶりに時間が取れてね。遠乗りに行きたいと思っている。きみもいっしょについてきてほしいんだ」
「ブホッ!」
口に含んだ紅茶をふいてしまった。
「だ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。申し訳ございません」
なんてこと。とんだ粗相だわ。
ピッカピカの大理石の床に紅茶が……。
ズボンのポケットからハンカチを出し、拭きまくった。
床に何かあって修繕何て言われたら、弁償のしようもない。
「ミオ、かまわない」
彼がこちらにやって来たときには、なんとか拭き終えることが出来た。
「バカだな。自分も濡れているじゃないか。ミオ……?」
四つん這いに姿勢から勢いよく立ち上がると、すぐ近くに彼が立っているのでぶつかるところだった。
なぜか彼は、ちょっと驚いた表情でわたしを見ている。
「きれいな床が……。非礼をお詫びします」
「あ、ああ、ああ、いいんだ」
頭を下げようとすると、彼の手が肩に置かれてそれを止められた。
「ミオ……、きみは……」
「本当に申し訳ございません」
慌てふためいてしまっていて、とにかく謝ることしかできない。
「いや、床はいい。床はいいんだ。それよりも、きみ自身も濡れている。これで拭きとるといい」
肩に置かれていない方の手で、ハンカチを差しだして来た。
「お借りします」
差しだされていて断るのは余計に失礼だろう。だから、借りることにした。
が、眼鏡に慣れてきているとはいえ、慌てているものだからつい目測を誤ってしまった。
ハンカチをつかむつもりが、彼の手に触れてしまった。
その瞬間、静電気が走った。
静電気、よね?とにかく、バチっと衝撃があり、思わず手をひっこめてしまった。
それは、彼も同じだったみたい。
彼もまたハンカチを握る手をひっこめ、それをじっと見つめている。
「せ、静電気、でしたね?殿下、大丈夫でしたか?」
「あ、ああ」
彼は言葉少なめに答え、あらためてハンカチを差しだして来た。
今度は、ちゃんとハンカチをつかんだ。それから、胸元や袖を拭いた。
あーあ。せっかく買ったシャツが……。
でもまあ、すでに馬糞がついてしまっている。馬糞にくらべれば、まだローズティーのシミやにおいの方がずっとずっとマシよね。
「ミオ、さっきの話なんだが」
皇太子殿下は、執務机の方へと歩いて行ってしまった。
「エドモンドも来るそうだ。きみは、もう一頭の馬に乗るといい。調教してくれたお礼に、わたしたちのお気に入りの場所に連れてゆきたい」
結局、わたしは遠乗りに行かなければならなくなった。
わたしの国を滅ぼした国の皇太子と、その弟皇子といっしょに……。
また懸念事項が増えてしまった。
そもそも、どうして?
そう問わずにはいられない。
わたしはただ、ひっそりとすごしたいだけである。
出来れば、国に戻って状況を把握したい。
お父様やお兄様やお姉様たちがどうなっているのか。どうなってしまったのか?
皇太子殿下が側近のパオロに言っていた『捜索は、引き続きさせてほしい。何年かかってもいい。かならずや見つけだすのだ』というのは、わたしのことなのかもしれない。
わたしのことだとして、どうして末っ子王女に固執するわけ?
わたしを利用し、タルキ国をまとめようとでもしている?
ただ単純に、タルキ国の王族全員を処刑したいだけなのかしら。
ということは、当然お父様やお兄様やお姉様たちもいらっしゃらないわけで……。
ソルダーノ皇国は、タルキ国を滅ぼしただけでなく親兄姉まで奪ってしまった。それも、一方的な暴力で……。
国に戻ることは出来ない。見張っているでしょうから。
このままここから去り、まったくちがう国に行くか、この国のどこかに隠れるか。
いずれにせよ、お金を貯める必要がある。潜伏するにせよ、身分を偽って働くにしろ、お金がいる。すぐに働き口が見つかるかどうかわからないから。
ある程度お金を貯めてから、ここを去ろう。
まったくちがう人物として、ひっそりと暮らすのよ。
あらたに決意をした。




