最終話 これからもよろしく
「あんなこと、ぜったいにすべきではなかった。自分が弱いということを思い知らされたよ。何度謝罪しても、きみの心の傷は一生癒されることはない。だが、わたしにはすまないとしか言えない。だから、きみはおれに対して怒ってくれていていいんだ。当然の報いだ。だが、エドは違う。こいつは強い。相当な奥手だがね。きみを傷つけることはいっさいしない。宰相とのことが片付いたら、こいつと婚約してやってくれないか?なんだかんだと言ったが、おれは弱いから、まだ心のどこかできみを諦めきれないところがある。さっさとこいつと婚約をして夫婦になってくれれば、おれ自身の中で区切りをつけることが出来るかもしれないから。それに、ランベールのこともある。リベリオが暗号文を解読した際、パオロには隠してくれたらしいが、ランベールがきみのことを気にかけていることを遠回しに記していたらしい。ランベールの為にも、さっさと婚約なり婚儀なりを行った方が、だれにとってもいいと思う。と言っても、ミオ。いまのきみには、イマイチわからないだろうな。とりあえず、いまのきみは対宰相のことしか頭にないだろうから」
「おっしゃる通りです」
思わず、力いっぱい答えていた。
だって、それ以外のことはボヤーッとしすぎていてよくわからない。だけど、打倒宰相については、いろいろ案が浮かんで来ている。
「あっでも、お二人ともどうしてぼくのことを女性とわかっていながらチヤホヤしてくれているんですか?だってほら、ぼくはすっかり男性化というよりかはおじさん化してしまっています。ロゼッタさんやミシェルのように美しくもなくお淑やかでもありません」
「それに、恋やら愛やらに関しては、無自覚で鈍感すぎるしな」
皇太子殿下は、そう言ってから笑った。それから、痛みに顔をしかめた。
「きみは……。可愛いよ。うん、可愛いという表現がぴったりだ。たしかに男っぽいところはあるけど、それがかえってきみという人を際立たせている気がする。やさしいし思いやりがあるし、何より他人の痛みや苦しみを理解し、寄り添うことが出来る。それから、何に対しても物怖じしないし前向きだ。しかも、すごく明るい。きみが明るくて前向きなお蔭で、だれもが救われている。ぼくだってその一人だ」
「あー、エド。おまえの言う通りだと思うが、彼女は究極の鈍感だ。恋愛に関しては、もっと経験が必要だな。というわけで、一人の男にこだわる必要はない・・・・・・」
「兄さん、しつこいな。顔だけでなく、足腰が立たなくなるまで殴らなきゃわからないの?」
「わかっているって。冗談だよ、冗談」
「あの……。早い話が、わたしは明るくって前向きだから、お二人にチヤホヤされているんですね?わかりました。なんだかビミョーな気がしますけど、それで納得しておくことにします」
「だそうだ、エド。いいな?」
「兄さん、心配いらないよ。彼女がわかってくれるまで、それから、望まれるまで、ぼくは彼女に指一本触れないから」
「いい心がけだ。むっつりスケベ君。あまりためすぎても、昨夜のように無様をさらすだけだ。しかし、よくもまぁ夜な夜な剣を振りまくるだけで欲求不満を解消出来るものだな」
「放っておいてくれよ」
「どういう意味なんですか?」
「ミオ、そこに食いついてこなくっていいから。ぼくはだれかさんと違って、きみを大切にするということさ」
「こいつ……」
皇太子殿下は苦笑してから立ち上がり、わたしに手を差し出して立たせてくれた。
「もうしばらく頼むよ、ミオ。親友として、それから側近として」
「もちろんです、ベルトランド様。親友として、側近として、しっかりお仕えします。わたしは、ベルトランド様の優秀な側近ですから」
「ちぇっ!そこは、もう少しおれの気持ちを汲んで欲しかったな」
皇太子殿下は、なぜかはわからないけど拗ねている。
ちょっと可愛いかも。
深夜の怖さが、少しは薄れてきたかもしれない。やはり、彼は紳士である。
「兄さん、ミオから早く手をはなせよ。彼女の手を握っているのが長すぎる」
そのとき、エドモンドが両手を伸ばしてきて右手で皇太子殿下の手を、左手でわたしの手を握って引き離そうとした。
「彼女に指一本触れないのではないのか?」
「これは、彼女を守るためだからいいんだよ」
エドモンドが力づくでひきはなそうとした瞬間、彼がバランスを崩した。
大枝から落っこちれば、いくらエドモンドでも骨の一本や二本は折れてしまうかもしれない。
思わず、彼を抱きしめていた。
そのわたしごと、皇太子殿下が抱きついて来た。
わたし同様、反射的な行動に違いない。
三人でまた大枝に座り込んだ。
「危なかったな」
「だから兄さん、彼女から離れろって。本当に反省しているのか?どうも彼女に対してスキンシップがすぎる気がするよ」
「気のせいだ」
「じゃあ、これがパオロやファビオでも同様に抱きつくんだな?」
「……。それは見ぬふり、かな?もしくは、手は伸ばすが間に合わなかった、みたいな?」
「だろうね。ぼくごと落っこちればいいってわけだ」
エドモンドが急に笑いはじめた。つづいて、皇太子殿下も大笑いをはじめた。
笑いの元が何かはわからないけど、兄弟仲良く笑い合っているのがうれしくなった。だからつい、わたしも笑ってしまった。
久しぶりに、大きな声を上げて笑った。
美形二人にはさまれ、って皇太子殿下のいまの顔は控えめに言っても悲惨だけど、それでも三人で大笑いをした。
それこそ、お腹が痛くなるまで。
笑っている理由はわからないけど、笑うことはいいことだからいいわよね?
三人の笑い声は、微風にのってどこまで流れて行くかしら?
生きていてよかった。サラボ王国を逃げ出し、ソルダーニ皇国にやって来てよかった。
馬の調教をしたり、皇太子殿下の側近になれてよかった。
そして、エドモンドと出会い、いっしょにすごせてよかった。
すべての出会いと人生に、感謝したい。
素晴らしい景色と笑うことは、わたしをしあわせにしてくれる。
皇太子殿下とエドモンドも、きっとわたしと同じ気持ちでしょう。
(了)




