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代償

「エドモンド様。そういえば、居間から出て行かれる前にずいぶんと苦しそうでしたよね。もう大丈夫なのですか?いったい、どこが苦しかったのですか?どこが痛かったのですか?」


 ミヤ・ベルトーニはもうおしまい。ミオ・マッフェイとしてエドモンドに尋ねてみた。 

 ちょうどエドモンドがわたしの部屋の扉のノブに手をかけたタイミングである。


「そこ、覚えていたの?きれいさっぱり忘れていてくれたらよかったのに」

「ああ、そうでした。長椅子から落ちて…‥、その、大切なところをぶつけたのですよね?たいそう痛かったのではないですか?」


 昔、兄の一人のそこを蹴り、兄がしばらく寝込んだことを告げた。


「ああ、ああ、そう、だね。でも、もう大丈夫」


 彼は、なぜか真っ赤になっている。それから、わたしの視線から逃れるようにして扉を開けた。




「ああ、ミオ。ほんとうにごめんなさい」


 皇太子殿下の部屋に入った途端、ロゼッタが抱きついて来た。


 彼女もわたしの正体を知らされたのだろう。それだったら、抱きつかれてもおかしくはない。


「わたしがベルトランド様にいらないことを言ったばかりに……。まさか、ベルトランド様がそんな凶行におよぶなんて、想像もしなかったの。大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫です」


 彼女は、すっかりかわってしまった。

 なぜかはわからないけど。


 わたしを抱きしめつつ何度も謝罪する彼女に、とりあえずは大丈夫だと答えた。


「ミオ、わたしからも謝罪をさせてくれ。どうやら、わたしも彼女もいらないことをしたようだ」


 リベリオは抱きつくことはしなかったけど、ロゼッタをわたしから引き剥がしつつ頭を下げてくれた。


 その彼にも大丈夫だと答え、そこでやっと窓の近くに立っている皇太子殿下を見ることが出来た。


 皇太子殿下もこちらを見つめている。


 左半面を濡れタオルでおさえている。


「ベルトランド様?」


 気まずさより、大丈夫なのかしら?という疑問が先に浮かんだ。


「だ、大丈夫なのですか?」


 恐る恐る尋ねると、彼は左半面のタオルを取った。


「ミオ。謝罪くらいですまないことはわかっている。だが、わたしに出来ることはそのくらいだ。すまなかった。心から謝罪をさせてほしい」

「な、なんてこと……」


 皇太子殿下が深々と頭を下げてくれたけど、わたしの驚きはそれに対してではない。


 彼の美形が、とんでもないことになっているのである。


 左半面が腫れあがり、原形をとどめていないのだ。


 まるで何か巨大なものにでも踏み潰されたみたいになっている。


「これが、その代償だ。歯は、かろうじて折れてはいない。しかし、鼻は折れたかもしれない」

「それにしてもひどすぎます。ベルトランド様、左半面だけ呪いをかけられたみたいになっていますよ」

「当然の報いだ」

「ああ、それはいい得て妙ですね」


 わたしの言葉に、エドモンドとリベリオのつぶやきがかぶさった。


「わかっている。ミオ、言い訳はいっさいしない。故国に戻りたければ、すぐにでもエドモンドに送らせる」


 そのとき、扉がノックされた。


 皇太子殿下が入室を許可すると、カルデローネ家の執事が手紙を持って入って来た。伏し目がちに皇太子殿下に近寄ると、手紙を恭しく差しだした。


 皇太子殿下がさっとタオルで半面を隠したので、執事は皇太子殿下の悲惨な顔に気がつかずに出て行った。


「おや?トラパーニ国の大商人・・・から、大豆の礼の手紙のようだ。しかも、緊急となっている。皇都から急使を差し向けてくれたのだな。リベリオ、確認してくれ」

「ランベール王太子から?失礼いたします」


 リベリオがすぐにその手紙を受け取って封を切り、手紙を開けてからさっと目を通した。


 その間、だれもが彼に注目している。


「暗号文です。さっそく、パオロと解きましょう」


 リベリオは、すぐにパオロとともに解読に入った。


 その間に、皇都に戻る準備を行った。


 皇太子殿下の顔を見て、だれもが驚いた。


 当然である。


 近衛隊の隊長であるオレステなどは、皇太子殿下が刺客に襲われて致命傷を負ったかのようにショックを受けた。


 まぁ、職務上当然のことよね。


「酒を飲んでいてふざけあっていたら、だれかに殴られた」


 皇太子殿下の言い訳は、なぜかそんな苦しすぎるものだった。


 まさかこのときの皇太子殿下の苦しまぎれの言い訳に、尾ひれがつきまくるなんて思いもしなかった。


 しかも『だれかに殴られた』というそのだれかがわたしになるなんて、このときのわたしに想像など出来るわけもない。


 後日、わたしは「狂戦士」だけでなく「皇太子殿下」まで殴ってノックアウトした、と噂されることになる。


 その噂をきいたとき、わたしは腹をくくった。


 強面路線を進むことにしたのである。


 ああ、わたしはやはり、完全完璧に男性化しているのね。


 後日、しみじみと実感した。




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