情けない奴
「エドッ」
皇太子殿下が扉から駆けて来た。
「おまえ……。情けないのを通り越して、だんだん気の毒になってきたよ」
「エドモンド様、大変だわ。ムリをなさならいでください。すぐにお医者様に来ていただいた方が……」
「大丈夫、大丈夫だから」
エドモンドは皇太子殿下とわたしが差し出した手を振り払い、ヨロヨロと立ち上がった。だけど、やはり気分が悪いのね。不自然なまでに前かがみになっている。しかも、手で男性の大切なところをおさえている。
ついさっき、長椅子から落ちたときに大切なところをぶつけたのよ。
ずっと昔、お兄様の一人とケンカをして彼の大切なところを蹴ったことがあった。その瞬間、彼はワンワンと泣いて痛がった。
その日は、夕食もとることが出来ず、翌日も現れなかった。
その際、お父様に呼ばれて叱られてしまった。
「ミヤ、ケンカをするのは構わない。相手を殴ったり蹴ったりするのもいい。だけど、それにもルールがある。おまえが身の危険にさらされないかぎり、けっして相手の急所を狙ってはいけない。下手をすれば、死んでしまうからね」
だから、それ以降その大切なところだけは狙わないようにした。
エドモンドは、その大切なところをぶつけたか何かしたのに違いない。
だったら、『痛い』なんてものじゃないでしょう。
「エドモンド様、大丈夫です。落ち着いてください。痛みの取れるおまじないをしてあげますから」
「く、来るな」
なぜか、彼は後ずさりはじめた。
「ダメだ、ミオ。それは、逆効果だ」
「逆効果?ただのおまじないですから、効果はないかもしれません。ですが、逆効果にはならないかと……」
そのとき、エドモンドが駆けだした。
それはもうすばやすぎた。だからそうと気がついたときには、彼は居間を飛びだしていた。
「エドモンド様っ!」
「ミオ、いいんだ。一人にしてやってくれ。あいつは、自分の情けなさを噛みしめる必要がある」
皇太子殿下は、扉を閉めに行って戻って来た。
「さて、これで二人きりだ。ロゼッタから、きみが気がついているときかされた。とりあえず、座ろう」
弟があんなに具合が悪いというのに、皇太子殿下はクールすぎる。
促されるまま長椅子に腰をかけると、彼はなぜかわたしの横に座った。
何気なしにローテーブルの上を見ると、エドモンドの愛用の剣が忘れ去られて寂しそうにしている。
「最近、エドとは仲が良くない。子どものときにケンカをしたのも、数えるほどだというのに。それが、きみがわたしたちの前に現れてから、しょっちゅうしている」
「はい。それも重要でないことでされていますよね?」
本当は、くだらないことでと言いたかったけれど、さすがにそれは失礼すぎるからやめておいた。
皇太子殿下はいま座ったばかりなのに、立ち上がってキャビネットの方に歩いて行った。リベリオと同じように、キャビネットの扉を開けてお酒とグラスを取り出し、それを注いで戻って来た。
皇太子殿下だから、リベリオと違って勝手に飲み食いしてもだれも何も言わないでしょう。
「さすがのわたしも、酒の力が必要なようだ」
彼は、そう言ってからグラスをいっきに傾けた。
「あの……。ベルトランド様は、いつお気づきになったのですか?」
女性だと気がついたのがいつかを知りたかった。
「厩舎で会ったとき、だが」
「厩舎って、まさか初対面で……?」
「ああ、そうだけど」
それが何か?的におっしゃられましても……。
「だからきみを側近として呼んだ際、寮長のルビーニ夫人に頼んで、きみの部屋を女性の階にしてもらったんだ」
「まさか、寮長までご存知なのですか?」
いやだわ。寮長も知っているだなんて。
「ああ、知っている。もちろん、口止めはしているけどね」
だったら、寮に戻ったらあらためて謝罪をしてお礼を言わないと。
「きみは一生懸命男のふりをしていたし、何か事情があるんだと思った。調教の腕さえよければ、別に問題はないだろう。そう判断した。だが、それが浅慮だったとすぐに気づかされたよ。ミオ、わたしはこういう駆け引きは好きではない。というよりかは、慣れていない。まどろっこしいことが嫌いだと言ってもいい。それに、ロゼッタからそういう遠まわしなことは、きみにはまったく効果がないとアドバイスされた。だから、単刀直入に告げよう。まず、ミオ。わたしはきみのことが好きだ。ついでと言っては何だが、きみに告白すら出来なかった情けないエドも、きみが好きだ。その上で、きみに尋ねたい。きみは、おれとエドのことをどう思っている?」
「えっ?ベルトランド様とエドモンド様のことですか?もちろん、好きですよ。大好きです」
当然だわ。二人とも大好き。わたしにとって、親友になるのかしら?それとも理解ある上司というわけ?
とにかく、二人ともだーい好き。
だから、間髪入れずにそう答えた。




