表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/131

海の絵

「まぁ……」


 大広間の荘厳さは、拍車がかかっている。


 思わず、声を出してしまった。慌てて、口を手でふさいだ。


 ガラス窓がたくさんあり、そこから陽光が燦燦と射し込んでいる。そのガラス窓の下には、ガラス扉があり、そこから庭園に出ることが出来るようになっているみたい。


 庭園には花が咲き誇っていて、そこでもパーティーが出来るようになっているんでしょう。


「ミオさん、こちらです」


 彼が手招きするのでそちらに行ってみると、大きな円柱の間に一枚の大きな絵画がかかっている。


「これは、海?」


 青空に白い雲がゆったりと浮かんでいて、そこから太陽が顔をのぞかせている。その下には水面がひろがっていて、陽光を受けてキラキラ輝いている。


 沖には点々と船が浮かんでいる。


 ああ、この景色を実際見てみたい。


 感動のあまり、震えてしまった。


「ええ、海です。あなたは、サラボ王国の出身ですよね?この国もサラボ王国も海はないですものね。わたしは、この国からずっと遠く、大陸の端の国の出身なんです。この絵は、わたしの家の近くの岬から眺めた風景なんです」


 彼が事情を語ってくれた。


 圧政により苦しむ彼の国の人々は、その多くが他国に出稼ぎに行くという。が、彼は絵を描く以外たいして取柄はない。文化的に水準の高いソルダーノ皇国に来ればどうにかなるかもと、やって来てみた。だけど、結局は絵だけでは食べていくこともままならない。ましてや、国で待っている親兄弟に仕送りをすることなど、到底出来ない。


 偶然にも、絵のコンテストがあったらしい。毎年、皇宮内に飾る絵をコンテストで決めるというのである。


 彼は、迷わず故郷の景色を描いた。


 それが、皇帝陛下や皇太子殿下の目に留まったらしい。


「殿下のはからいなんです。本当は、宮廷画家の先生について学ばせてもらうだけなんです。それも、衣食住はすべてかかりません。ちょっとした小遣いもいただけます。それだけでも破格の待遇です。ですが、わたしの事情を知った殿下は、先生の指導がない時には近衛兵として働けばいい、と。もちろん、わたしには殿下をお守りすることは出来ません。ですので、近衛兵としての仕事はこんなふうに使い走りだけです。ですが、給金がすごいのです。わたし自身、必要な金はお小遣いとしていただけるので、給金はすべて家族に仕送りをしています。家族は、ずいぶんと生活がラクになったとよろこんでいます」


 童顔には、皇太子殿下に心からの感謝の気持ちがあらわれている。


 万が一、絵画から離れるようなことになり、ほかに仕事が必要になったような場合でも、近衛兵だったという経験が有利になるだろう。


 彼は、そう皇太子殿下から言われたのだと付け足した。


 「氷の貴公子」が?


 彼の話に、単純なわたしはただただ感動してしまった。


「あ、すみません。寄り道したことは、だまっていてもらえませんか?隊長に怒られてしまいます」

「わかりました。すごく素敵な絵です。絵を見てこんなに感動したのは、生まれてはじめてです。それと、いつか海を見てみたくなりました」


 海の絵に背を向けたけど、もう一度見てしまった。


 もう二度と見ることが出来ないから、目に焼き付けたかったからである。


 それから、彼と駆け足で皇太子殿下の執務室に向かった。


 皇太子殿下の執務室の控えの間に入ると、近衛隊長が待ちかまえていた。


 この前来ていた人である。


「遅かったではないか。まさか、また絵を見せびらかしていたのでは……」

「申し訳ございません。わたしが遅れたのです。それから、あまりにも皇宮や皇宮内の絵画や彫刻が素晴らしく、立ち止まっては眺めてしまったもので」


 近衛隊の隊長の八の字の口髭を見ながら、思わず言っていた。


 あんなに素晴らしい絵を見せてくれた恩返しのつもりである。


 すると、近衛隊の隊長の口髭の下にやさしい笑みが浮かんだ。


「そうだったのか。サンドロ、怒鳴ったりして悪かった。もう行っていいぞ。宮廷画家の先生によろしくな」

「は、はい、隊長。ミオさん、ありがとう。また会えるといいですね」

「わたしもです、サンドロさん」


 サンドロはわたしたちにぺこりと頭を下げ、慌てて控えの間を出て行った。


「近衛隊隊長のオレステ・ムッティだ。よろしく」

「ミオ・マッフェイです。よろしくお願いします」


 ちょっと、わたしってばひっそりと隠れていなきゃいけない身分なのに、つぎからつぎへとソルダーノ皇国の貴人と知り合いになるなんて、どういうつもりなの?


 彼と握手を交わしながら、心の中でつくづく思った。


「殿下がお待ちだ。こちらへ」


 彼は執務室をノックし、返答が返ってくると樫材のドアを開けた。


 その後につづいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ