09:落としどころ
「ディッド!! 貴方……どういう事なの!? 聞いてた話と違うわよッ!?」
ディッドの母親は青白くなった顔でディッドの肩を掴んで自分の方へと向かせながら問いかける。
その問いかけに対してディッドは視線を逸らすだけで何も言わず黙っている。
「エリーダさん、落ち着いてください」
ディッドのお母さん、エリーダって名前なのか。お父さんに呼ばれると、エリーダさんは不安と緊張でいっぱいになった表情のまま、視線をお父さんへと向ける。
「本来、子供の喧嘩に親が過剰に介入するのは良くない。だが、今回は介入しない訳にはいかないと判断して話し合いの場を設けさせて貰った。お互い、親として自分の子供の証言を信じたくなってしまうのは当然の事だ。だから私としては、ディッドくんたちの言い分も聞きたいと思っていたが……そちらはどのように聞いていたのか?」
「ディッドは、ずっとエリカちゃんから無視されて、冷たくされてるって……だからつい口喧嘩になって、その、いつもレオルくんとファルくんに邪魔されて喧嘩になるのだと言ってまして……今回は、その、いつもよりエリカちゃんを怒らせたとしか言ってなくて……」
「では、魔法を使ってずぶ濡れにさせたのも聞いていなかったと?」
「聞いてません! 聞いていたなら、私だってこの子を謝らせていました! とんでもない事です! あぁ、本当にどうして……!」
悲鳴のような声を出しながら、エリーダさんは汗を浮かべながら震えている。見ていると気の毒になってしまいそうな程の狼狽振りだ。
「エリカ、普段からディッドくんのことを無視してたのかい?」
「……無視してた。悪口ばっかりしか言わないから」
「どんな事を言われたんだい?」
「腐り女、臭い女、兄さんに守られてばっかのお姫様」
「それが嫌で無視してたんだね?」
「ずっとゲラゲラ笑ってたし、何言っても止めてくれなかったから、相手にしたくなかった」
「ディッドッ!!」
絶叫と言わんばかりの鋭い声でエリーダさんがディッドを呼ぶ。ディッドは顔を俯かせたまま、身体を震わせていた。
震えているばかりの姿に、普段から私を罵って笑っていた姿が重ならない程だ。
「ディッドくんと一緒にいた子たちも、普段からそのような事を?」
「私にも言ってたし、ククリにも言ってた」
「ククリちゃんにもか、例えばどんな事を?」
「無口女とか……」
「そうか……ククリちゃんは控え目な子だからね、言い方を変えれば確かに無口と言えるのかもしれないね。エリカはこう言っているが、ディッドくんたちは何か反論はあるかな? もしかしたらエリカが嘘を吐いているかもしれないからね」
お父さんはただ淡々と話を進めていく。お父さんに問われたディッドたちは身体を震わせながら俯くだけで何も言わない。取り巻きの子の一人は既に涙を零して嗚咽を漏らしてる程だ。
そんな我が子を見つめる母親の姿は、ちょっと痛ましい程だった。父親がまだ仕事の途中だったのか、今ここに集まっているのは母親だけだった。
「黙っているということは、自分たちが言ったと認めるという事かな?」
「……だって、エリカが俺を無視するから。ククリだって、いつもつまらなさそうにするから」
ぽつりと、ディッドが今にも消え入りそうな声で言った。
しん、と場が静まり返る。聞こえてくるのは今も嗚咽を零している子の声だけ。その子も母親が信じがたいものを見るような目で見ている。
「だから悪口を言ったのかい? エリカたちが君たちを無視するから」
「……」
「先にエリカたちが無視したのか、それとも君たちが酷いことを言ってエリカたちが無視するようになったのか。それで話は変わってしまうが……それよりも大事なことを話さなければならない。ディッドくん、どうして魔法を使ってしまったんだい?」
魔法について尋ねた時だけ、お父さんの声がとても鋭くなった。
その鋭さにディッドがまるで刺されてしまったかのようによろめく。服を掴んで握り締めて、しゃくりを上げながら嗚咽を堪え始める。
「……ククリが、雑草を俺にぶつけてきて、目とか口に入って、カッっとなって……」
「なんでククリちゃんが雑草を君にぶつけたんだい?」
「……エリカが逃げようとするから、捕まえようとして、腕を掴んだらぶつけてきたんだ」
「なんだよ、それ! ふざけんなよっ! お前たちが悪口を言うから逃げようとして、それで抵抗したら魔法をぶつけていいのかよ!」
兄さんが怒りを露わにしてディッドに掴みかかろうとしたけれど、それをお父さんによって制止されて足を止めてた。
ファルも同じように一歩を踏み出そうとしてダガットさんに肩を掴まれて止まっている。私の服を掴んだままのククリちゃんの力が更に強くなったような気がした。
「ディッドくん。君の心剣から授かった魔法は水の魔法なんだね。確かに水をかける程度なら濡れてしまうだけだ。ちょっとしたイタズラで済むかもしれないね。でも、君の授かった魔法が水じゃなくて、もっと危険な魔法だった場合、君は使わなかったと言い切れるかい?」
「……俺は、使わない」
「でも、君は魔法を使ったんだ。逃げようとして抵抗しただけのエリカとククリちゃんに、ただカッとなっただけでね。君の言うことは信用出来ない」
「本当に、本当に申し訳ございませんでしたッ!!」
エリーダさんが涙声で叫びながら、ディッドの頭を掴んで一緒に深々と頭を下げた。
後ろではディッドの取り巻きの子の母親たちが同じように頭を下げさせている。
「エリーダさん、それから他のお母さん方も。どうか頭を上げて下さい。私は今、冷静に話そうと心がけていますが、これ以上は冷静に話せる自信がありません。ですからディッドくんたちの事を許せと言われても許せません。もし、ディッドくんの魔法がもっと人に怪我を与えたり、それこそ死ぬ可能性があるようなものだった時の場合を思えば、怪我がなかったから良かったなんて言えない。たかが子供同士の諍いで、一生物の傷が残っていた場合だってあった。たとえ身体に傷が残らなくても、悪意ある言葉を向けられた心の傷は消えないんだ」
お父さんは、どこまでも冷静だ。いや、冷酷とさえ言える程に冷たかった。
後ろで控えているお母さんも堪えるように目を伏せていて、ダガットさんはさり気なく兄さんとファルがディッドたちに近づかないように止められる位置に立っている。
「暫くの間、貴方たちとの付き合いを考えさせて頂く。お互いの子供たちの相性も良くないようだ。だが、互いに憎み合ってどちらかが村を出て行くなどという結果は同じ村に住む者として避けたい。あくまで適切な距離で、同じ村の住人として恙なく暮らしていけるように協力して欲しい。私から示せる落としどころは以上だ。子供たちについては、それぞれの家で相談して決めて欲しい。今後はお互い、子供たちが接触しないように気をつけていこう。その為、ある程度の事情を周囲に説明する事になるが、これもまた了承して頂きたい。その旨をそれぞれの父親に伝えて欲しい」
「それはっ……! ……わかり、ました……!」
私たちが互いに接触しないように周囲の人たちにも事情を説明する。それはディッドたちのやったことも伝わってしまうということだ。
そんな周知が広がってしまえば、村で暮らしていく上で辛く苦しいことになるだろう。その想像が出来てしまったからこそ、エリーダさんも一瞬拒みかけたのだろう。
「エリカちゃん……ククリちゃん……本当にごめんなさい……」
「私、ディッドたちに言いました。謝られても絶対に許さないって。答えは変わりません」
エリーダさんが涙を流しながら謝罪してくるけれど、その謝罪を私は受け入れない。
不安げに私の服を掴んでいるククリちゃんの肩を抱き寄せながら、エリーダさんの視線を受け入れないように顔を逸らした。